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●郊祀 こうし

アジア 中華人民共和国 AD 

 中国で,天子が国都の郊外に壇を築いて天地を祭祀すること。郊祀は漢代に儒教により制度化され,歴代の王朝はこれを踏襲した。都の南郊において天を祭り,北郊において地を祭る分祀の制が,前漢末におこった。天を祭るには円丘の壇をつくり地を祭るには方形の壇をつくった。これは,『周礼』に天を南郊に祭り地を北郊に祭るとあるのによる。分祭の制は,各王朝ごとにちがい,分祭したり,合祭したりして一定しない。現在北京外城永定門内にある天壇は明の永楽帝により建立されたもので,清朝にひき継がれて,北郊安定門外にある地壇とともに,清朝の皇帝が郊祀を行った場所である。清朝は分祭の制を採用し,冬至に天を天壇に祭り,夏至に地を地壇に祭った。郊祀の起源は,古代の天に対する宗教思想にあったが,漢代以降,執行者が皇帝に限られると,政治的性格を帯び,皇帝が威厳を誇示する国家の典礼と化した。