●交叉(差)イトコ こうさイトコ
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その親が異性の兄弟姉妹であるイトコ。つまり父の姉妹の子,母の兄弟の子のことをいう。父の姉妹の子を“父方交叉イトコ”,母の兄弟の子を“母方交叉イトコ”と称する。またその親が同性の兄弟姉妹であるイトコを“平行イトコ”と称し,父の兄弟の子を父方平行イトコ,母の姉妹の子を母方平行イトコとする。各社会において,交叉イトコ・平行イトコ・兄弟姉妹のあいだにみられる親族名称・婚姻規制・行動様式などはそれぞれ異なり,これを分析することによりその社会の親族と婚姻の構造を解明する手がかりを得ることが可能である。【交叉イトコと親族名称】イトコに対する親族名称に注目して,これを類型化しようとする試みはスピアーによって始められたが,これをさらに発展させたのがマードックである。彼は,『社会構造』のなかで,男性話者が女性のイトコや姉妹にどのような名称を用いるかによって,6類型を分類し(表1・図1),これらの類型と他の社会関係−出自・居住・婚姻規制・家族形態等−との関連をさぐろうとした。イトコの名称のなかで,以前より注目され論議があるのは,非対称的なオマハ型とクロウ型である(図2,3)。つまり,父系社会によくみられる,オマハ型の父方交叉イトコ名称の世代の下降・母方交叉イトコ名称の世代の上昇の斜行規則,反対に母系社会によくみられるクロウ型の父方交叉イトコ名称の世代の上昇・母方交叉イトコ名称の世代の下降の斜行規則をめぐって,“リニージの一体性”による説明,父系社会におけるバランスとしての母方親族への尊重といった心理学的説明などがなされてきたが,それではオマハ型における母方交叉イトコと母の同一視を説明できても,父方交叉イトコと姉妹の娘の同一視の説明はできない。こうした名称は,類別の一方法と考えられ,オマハ型における I は母の父系出自集団,II
は自己の父系出自集団の女子の子孫,クロウ型においては I は父の母系出自集団,II は自己の母系出自集団の男子の子孫に対する類別的名称ととらえることができる。しかし,いずれにしても親族名称体系は統合的考察が必要であり,単に交叉イトコ名称を分析するのみでは体系的理解はありえない。
【交叉イトコと婚姻規制】多くの社会で交叉イトコとの婚姻が“規定的”あるいは“優先的”に行われることをめぐって,数多くの論議がなされてきたが,それは構造的理解と心理的理解にわけられる。かつてマリノフスキは『未開人の性生活』のなかで,〈母系のトロブリアンド社会で首長の息子が,父方交叉イトコ婚を行うのを,母系制のため父が愛する実の息子に財産・地位を与えられず,姉妹の息子に相続・継承させるので,息子が姉妹の娘と結婚することで孫に自分の財産・地位を与えようとするためである〉と心理的な説明をした。(図4)対してリーチは,〈これは政治的構造のメカニズムであり,感情的な問題ではなく,また父方交叉イトコ婚は非常にまれなこと〉としている。レヴィ=ストロースは『親族の基本構造』を著し,集団間の〈女性の交換〉が親族の基本的構造であるとする構造的理解の偉大な業績をのこした。彼は双側的交叉イトコ婚(父方・母方双方のイトコ婚)は,2集団間で女性の〈限定交換〉を行わしめ,(図5)母方交叉イトコ婚においては,女性が集団間を一定方向に流れて循還する〈一般交換〉が行われるとした。(図6)また父方交叉イトコ婚では女性の流れは固定的集団間で一世代ごとに逆方向になり(図7)総合的な体系的性格をもつことはできないとした。対して心理学的理解にたつホマンズとシュナイダーは,レヴィ=ストロースが母方交叉イトコ婚と系統性のかかわりに言及しなかったことを批判し,「婚姻・権威・目的因」のなかで,以下のように述べた。つまり〈父系社会では父に対して尊敬と緊張をもつが,母は保護と甘えを与えてくれる存在であり,この関係は交叉イトコまで拡大する。そのため男性は父の姉妹の娘を敬遠し,母の兄弟の娘と親密になり結婚する。母系社会において父方交叉イトコ婚が好まれるのも,同様の原理である〉。これに対してニーダムは,『構造と感情』においてレヴィ=ストロースの立場を擁護して,心理学的説明の根拠のなさを批判し,さらにブルム族の事例分析から,母方交叉イトコ婚による一般交換は,その交換概念が当然社会の婚姻関係のみならず,経済的宗教的関係をも支配していることを示した。固定的な集団間で,一世代ごとに女性が逆流する父方交叉イトコ婚には,この交換体系はささえられず,それゆえに,父系出自・母系出自に関連なく,母方交叉イトコ婚が多数存在することの構造的意義をニーダムが明確としたのである。
〔参考文献〕マードック,内藤莞爾訳『社会構造』1978,新泉社
レヴィ=ストロース,馬渕東一・田島節夫監訳『親族の基本構造(上)(下)』1977,1978,番町書房
ニーダム,三上暁子訳『構造と感情』人類学ゼミナール4,1977,弘文堂
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