●郷戸・房戸 ごうこ・ぼうこ
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令制において,班田収授などの単位となる生活共同体。大宝令では,「戸」と称し、50戸をもって1里とするのを原則としたが,715年(霊亀1)里を郷に,また戸を郷戸に改称し,さらに戸の中に生まれてきていた小世帯を房戸とし,それを租税賦課の新たな単位とした。郷戸は血縁者を中心に,奴婢などの非血縁者をも含んだ親族集団であるが,その規模は10人余りのものから100人以上のものまであり,また家父長制的な大家族の場合もあれば,郷戸内の各小世帯(房戸)が互助的に共同している場合もあり,形態は各地各様であたった。なお当時の基本的生活単位については,〈郷戸が基本であり,房戸は徴税上の単位にすぎない〉という説と,〈郷戸は法制上の擬制家族であり,房戸こそ基本単位である〉という説の両説がある。なお,長期的には,8世紀の中ごろよりしだいに郷戸の分解がすすみ,生活の重心は房戸のような小世帯へ移ってゆく傾向があった。しかし郷戸という呼称でなんらかの戸を示すことは10世紀中ごろまでつづいている。