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●孝公(秦) こうこう

アジア 中華人民共和国 AD381 

 前381〜前338(献公4〜孝公24)在位前361〜前338。中国,戦国時代の秦の王。21歳で即位してから没するまで秦の富強につとめた。即位当初,秦は西辺の後進国と目され,中原の諸国の会盟にも参加できぬ状態であった。しかも東方には斉の威王,南方には楚の宣王など有力な王が君臨して軍備の強化につとめており,長年にわたって秦と対立してきた魏は秦との国境に長城を築くなど,若い孝公にとって秦を囲む政治環境は厳しいものであった。そこで孝公は秦の国威を伸ばす人材を募ったが,これに応じたのが商鞅(しょうおう)であった。商鞅孝公の支持のもとに変法を行い,信賞必罰の法治体制を整えた。また首都を咸陽に移して中原進出の姿勢をあらわにし,農民を軍事的に編成して強大な軍隊をつくり上げた。商鞅の功により,孝公は宿敵魏を大いに打ち破り,天下に覇を唱えることができた。孝公の後嗣は王号を称し(恵文王),以後始皇帝の統一にいたるまで秦の勢力が拡張したが,その基礎を固めたのは孝公である。