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●孝謙天皇 こうけんてんのう

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 聖武天皇の第1皇女として,718年(養老2)生まれる。生母は光明皇后である。738年(天平10)正月に,〈阿倍内親王を皇太子となす〉とある。743年(天平15)には吉備眞備が春宮大夫に任ぜられたとき皇太子学士もとの如しとあるので,孝謙天皇は幼少より,吉備眞備を師として漢学を修めたらしい。後に聖武天皇・光明皇后の影響を受け,しだいに仏教を強く尊崇するようになった。749年(天平勝宝1)聖武天皇の禅譲により即位する。年32歳である。同年,紫微中台が設けられ,紫微令に藤原仲麻呂が任ぜられた。これは母の光明皇太后の策にあるとみられる。大仏鋳造に力を尽し,752年(天平勝宝4)に東大寺盧舎那仏開眼供養のために行幸した。そして帰途,仲麻呂の田村第に入り,行在所とした。また遣唐使・遣新羅使を派遣するなど,外交政策にも力をそそいだが,754年(天平勝宝6)には鑑真が来朝した。天皇は授戒伝律を委ねることを申し,伝燈大法師位を授けた。のち備前国の田100町と故新田部親王田宅を賜わった。757年(天平宝字1)聖武天皇の遺詔で立てられた道祖王を廃し,仲麻呂の擁する太炊王を皇太子とした。これを契機に橘奈良麻呂の乱がおきたが,鎮圧された。758年(天平宝字2)太炊王に位を譲って上皇となった。のちに淳仁天皇を廃し,重祚することになる。

〔参考文献〕北山茂夫『日本古代政治史の研究』

岸俊男『藤原仲麻呂

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