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航空発達史 こうくうはったつし
【人力飛行機−新素材開発で可能に】人が人工羽根をはばたかせて浮揚力を得たり,ペダルを踏んでプロペラを回して推進力を得ようとする方法は,16世紀から20世紀にかけて多くの研究者によって試みられた。しかし当初は,絶対に飛行できなかった。当時の材料では,機構のために重量がかさんで,人力だけでは浮力も推力もカバーできなかったからである。人間の出せるパワーは,1分間連続で約1馬力,10分以上連続だと0.5馬力に落ちる。これはライト兄弟1号機の数十分の一である。人力飛行機の難しさは,最初に英仏海峡横断飛行に成功した各種航空機の年代を振り返ってみればよくわかる。[1]水素気球:1785年1月7日,ブランシャール・ジェフリー,2時間30分,フランス→イギリス。[2]飛行機:1909年7月25日,ブレリオ,37分,フランス→イギリス。[3]人力飛行機:1979年6月12日,アレン,2時間49分,イギリス→フランス。それぞれの数字は,当時の世界最高記録である。気球に対して飛行機は125年遅れ,人力飛行機は195年遅れた。わずか35kmの海峡横断にこれほどの歳月のかかったことが,その難易度を物語っているといえるだろう。イギリスのクレーマーが,下記の規定を達成した人力機に賞金5,000ポンドを提供すると発表したのは第二次世界大戦前の1933年のことだった。「805m離して立てられた2本の標柱を,8の字を描いて飛行しもとの位置にもどる」。すなわち風の影響を消したうえで,コントロール可能な飛行を要求したのである。この規定は長年にわたって多くの挑戦者を退けてきた。クレーマーは1959年に賞金を5万ポンドに増額したが,それでも難題を解いた人は出なかった。1977年8月になって,アメリカの科学者マクレディが設計し,パイロット兼エンジニア役のアレンらのチームが「ゴッサマー=コンダー号」で,ついに規定を達成し,賞金を獲得した。つづいてクレーマーは,初の英仏海峡横断の人力機に賞金10万ポンドの提供を発表した。マクレディのチームはさらに改良した「ゴッサマー=アルバトロス号」で,1979年6月に海峡を2時間49分で横断し,人力機の世界記録を立てた。このときの平均時速は18kmであった。アルバトロス号は,機体重量31.8kG,主翼面積44.0平方m,翼や胴体の主要構造部材はカーボン繊維複合材,翼の前縁と小骨はスチレン系発泡材,主翼表面は厚さ1.2〜0.6mmのマイラーフィルムで覆い,プロペラとペダルを結ぶチェーンはウレタン製と現代最新の軽い材料を使い,パイロットの体重63kGより軽い機体をつくりあげたのである。マクレディは〈コンダー号は昔の技術でもできたろうが,アルバトロス号は現代の科学技術なしには成功しなかった〉と語っている。このように人力による飛行は,人類が最も古くから考えていながら,最近になって軽く丈夫な新素材ができたおかげで,やっと成功したわけである。(マクレディは,そののち,太陽電池を動力とした超軽量機の飛行にも成功している)。
【現代の航空界−最先端の技術を結集】さて現在の航空技術は,どんな規模になっているだろう。欧米先進国では,航空機工業は大規模に発展しており,自国経済に大きく貢献するまでに達している。その規模を,1982年(昭和57)の航空機工業と宇宙工業の合計売上高統計(日本航空宇宙工業会)でみると,アメリカ:15兆7,400億円(航空機だけでは8兆4,900億円),イギリス:1兆9,000億円,フランス:1兆7,900億円,西ドイツ:1兆2,600億円,カナダ:5,050億円,イタリア:5,000億円となっている。これに対して日本は6,200億円(航空機だけでは4,500億円)で,アメリカの25分の1,イギリス・フランスの3分の1,西ドイツの2分の1となっている。アメリカは世界全体の70%を占めている。対GNP比率でみると,アメリカ:2.19%,イギリス:1.85%,フランス:1.45%,西ドイツ:0.80%,カナダ:0.75%,イタリア:0.62%で,経済全体に占める航空宇宙工業のウエイトは高い。これに対して,わが国は0.23%と著しく低い。アメリカは,わが国と比べて約10倍の比重を国内経済に占めているといえる。同じ統計で,従業員数をみると,アメリカ:116万名,イギリス:21万名,フランス:12万名,西ドイツ:7万名,イタリア:4万名,カナダ:4万名で,日本は2万7,000名である。さらに,世界の民間保有機は何機くらいあるかを1982年のICAO(国際民間航空機構)統計でみると(共産圏は未公表のため除く),固定翼機34万2,355機。回転翼機1万7,193機,合計35万9,548機となっている。このうち,アメリカは,(固)24万2250機,(回)9,728機,合計25万1978機と過半数を占める。日本は(固)945機,(回)559機,合計1,504機で,機数では世界12位である。ただし,この統計には軍用機や官庁保有機の数は含まれていない。次に現代の航空機の極限性能を知る手がかりとして,FAI(国際航空連盟)の公認した世界記録のなかで,第二次世界大戦後から現在までのおもなものを拾ってみる。[1]速度の世界記録 1947年10月14日,アメリカ:イェーガー,ベルX−1実験機。ロケット機による世界最初の音速突破飛行,時速1,078km(マッハ1.015)。1955年8月20日,アメリカ:ヘーンズ,ノースアメリカンF−100C戦闘機。ジェット機による世界最初の音速突破飛行,時速1,323km(マッハ1.25)。1967年10月3日,アメリカ:ナイト,ノースアメリカンX−15実験機。ロケット機による最速記録,時速7,297km(マッハ6.72)。1976年7月28日,アメリカ:ジョーズとモーガンII世,ロッキードSR−71A戦略偵察機。ジェット機による最速記録,時速3,529km(マッハ3.3)。[2]航続距離 1962年1月10〜11日,アメリカ:イヴリーら,ボーイングB−52H爆撃機,沖縄−スペインのマドリード間2万168km。[3]高度の記録 1973年7月25日,ソ連:フェドトフ,ミコヤンYe−266実験機,ジエット機による世界最高記録。3万6,240m。このほかにも世界記録はたくさんつくられているが,公認申請をしていない例が多いので,実際の極限性能はこれを上回っているとみてよい。
【これからの航空機――安全性と経済性に関心】これまでみてきたように,航空機のなかで気球は約200年,飛行機は約85年,ヘリコプターは約45年の歴史をへている。このなかで飛行機とヘリコプターは,これからも速度・航続力・搭載力の増強,諸機能の自動化へむかって,ますます進歩してゆく可能性が大きい。しかしその反面,次のような社会問題の制約にも直面している。[1]騒音 エンジンの騒音を低くするには,ある程度の限界がある。騒音を低くするほど経費がかかり,性能も低下する。[2]空港 大都市から近いところに空港を建設することが困難になった。空港と都市を結ぶ第3の高速輸送手段を開発しないと,航空機の高速化の意義が薄れる。[3]安全性 利用者側の安全性要求は複雑高度になるが,航空機自体やパイロットの能力はある程度の限界がある。機体の重要システムは3重4重系になっているが,それでも故障確率はゼロにはならない。[4]経済性 航空機を構成する材料の高額化,各種システム・装備品の複雑・高級化によって,機体の価格は上がってゆく。燃料の価格も今後下がることはないだろう。こうした環境のなかに,21世紀の航空機開発の傾向をみていくと,次の課題が残されている。[1]大型化 ボーイング747旅客機が就航してから約15年たつが,これをしのぐ大型機は出なかった。理由は,石油ショックによる世界的な不況・旅客需要の鈍化・航空会社の経営不振であった。しかし,これからは景気の立ち直りによって,747型よりやや大型の機種も出るだろうと予測されている。その旅客機は翼幅100〜150m,全重量700〜1,000t,航続距離6,000〜1万km,乗客600〜800名の範囲であろう。軍用機の分野でも,ロッキードC−5輸送機は747型とほぼ同時期に就役した戦略輸送機であるが,以後さらに大型機は出ていない。これも国防予算の制約によるもので,軍のニーズはあるのだから2000年までには出現するであろう。[2]高速化
マッハ3.5を超える機体では,機体外板温度が300〜400度に加熱されるので,従来のアルミ合金より耐熱性の高い材料の開発が先決となる。軍用機では戦闘機能の充実に力が注がれているので,しばらくのあいだマッハ3.5以上の超高速機は考えられない。コンコルド超音速旅客機(SST,マッハ2.2)は,近く引退を余儀なくされるといわれる。2000年ごろになると,第2世代のSSTが長距離飛行の主流になると予想されている。そのデータは,マッハ2.5〜3,航続距離8,000〜9,000km,300席の範囲である。[3]軽量化
機体が大型になるにつれて,その構造重量も増える。これは飛行機の経済性に影響するばかりでなく,離着陸を困難にする要因も増やすことになる。この対策として,軽くて強じんな新材料(複合材や軽合金)の開発がすすんでおり,大幅に使用されるようになる。[4]低燃費化 旅客機の燃料消費率は,エンジンの進歩によりかなりの改善をみている。1950年代末期の第1世代のジェット旅客機の燃費率は,推力1kGあたり1時間に平約0.9だったのが,1960年代の第2世代旅客機ではターボファン=エンジン(前期)のおかげで14%下がった。さらに1970年代の第3世代旅客機では,ターボファン=エンジン(後期)のおかげで,燃費率平均0.6と20%下がった。現在もさらに低い燃費のエンジンを開発している。[5]低騷音化 旅客機のエンジン改良に伴って騒音の低減もすすみ,第1世代旅客機と第3世代旅客機とを比べると,実効感覚騒音レベルは,約20〜30デシベル低くなった。20デシベルというのは,実際の耳の感じ方で4分の1になるという。軍用機では,戦闘機能の充実が優先しているので,騒音低減はまだすすんでいない。[6]コンピュータの応用 民間機も軍用機もコンピュータが最大限に応用されるようになった。その一例として,フライト=マネジメント=システムがあり,実用の段階に入っている。パイロットに対して,必要な外部情報(気象・航空交通管制状況など)と,内部情報(機体・エンジン・各系統の作動状況,燃料の消費など)を操縦席のテレビ画像で知らせ,またパイロットの質問にも応答するシステムで,これによって,パイロットの思考と飛行機の機能とを密接につなぐ役割を果たすものである。以上が2000年までの先進技術の範囲と考えられている。さらにもっと先の予測としては,水素燃料航空機・原子力機関航空機,統合フライト=システムなどの案が出されているが,実用時期を推定することは難しい。
〔参考文献〕木村秀政著『世界航空史案内』1978,平凡社
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