●康煕帝 こうきてい
アジア 中華人民共和国 AD1654 清
1654〜1722 中国の清朝第4代の皇帝(在位1661〜1722)。名は玄曄(げんよう)。廟号は聖祖。治世の年号より康煕帝といわれる。順治帝の第3子で8歳で即位。初めオーバイら4人の輔政大臣が補佐していたが,1669年(康煕8)より親政を行う。1673年,明の遺臣呉三桂らによる三藩の乱がおき,1681年にこれを平定,中国清朝は全国統一を完成した。1683年には清に長らく抵抗していた台湾の鄭氏を滅ぼし,台湾を初めて中国の版図に入れた。1689年ロシアとのあいだでネルチンスク条約を締結,北方領域を確保した。さらには外モンゴルを平定,青海・チベットも服属し,清朝の繁栄の基礎を固めた。また内制においても諸制度,文物を整え,学問を奨励し,『康煕字典』『淵鑑類凾』『大清会典』などを編さんさせた。こうして帝は外では帝王,内では聖人である「外王内聖」としてあがめられ,孫の乾隆帝とともに,康煕・乾隆時代といわれている。
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