●広開土王 こうかいどおう
アジア アジア AD374
374〜412 朝鮮・高句麗第19代の王(在位391〜412)。正しくは国岡上広開土境平安好太王。略して好太王・広開土王という。碑文によれば始祖鄒牟王(朱蒙)17世の孫ということになっている。父は故国壌王。18歳のとき父王の死で即位。39歳で没するまで,西北は燕,南方は百済,およびこれと結ぶ倭人と戦い領土的発展につとめ,王国の基礎は,この王のときに確立したといってよい。有名な碑文は,現在中国吉林省輯安県にあり,王の死後子の長寿王の手で建立されたものである。この碑文は1884年(明治17),輯安を訪れた陸軍大尉酒匂景明によって,日本の学界に紹介された。字の総数は1,802字であったと推定され,まったく判読できない文字は260字ある。この史料価値はきわめて大であるが,最近,碑文の文字の一部に改竄があったのではないかという疑問が出たが,現地調査を含む日・中・韓の今後の研究の進展により全面的に解決する日がくると考えられる。
![]()