●公廨田 こうかいでん
アジア 中華人民共和国 AD
中国の隋唐時代に諸官庁の経費をまかなうため支給された田地。公廨とは官庁のこと。隋は当初税収だけでは官吏の俸給や官庁の費用に不足をきたしたので,公廨銭という官営高利賃資本を運転して利殖をはかったが,官庁が営利行為によらず自弁する方法として,公廨田に切換えられ,公費捻出に充てられた。これに対し官職に与えられるものを職田という。唐はこれにならい中央・地方の官庁ごとに規定額を支給した。その経営は希望する均田農民に貸し出し,耕作させ,秋冬に収穫の一部を納入させた点で職田と同様である。しかし実際には強制的な割当てが多く,長安・洛陽や地方州県の治所近辺の人口稠密な地域に集中しがちだったため,口分田の不足や農民生活窮乏の一因となった。なお公廨銭も廃止後まもなく復活し,促銭令史(後に促銭戸)に経営を委託して費用不足を補った。