●公園 こうえん
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明治初年,〈外国に恥をかかされざること〉を目的としてつくられた。1873年(明治6)1月15日付の太政官布告によって,東京に5公園が造園された。その多くは寺地上知令によって建設され,それまで群集遊観の場所として存在したものを利用することから始められた。太政官布告には〈三府ヲ始,人民輻輳ノ地ニシテ,古来ノ勝区,名人ノ旧跡等,是迄群集遊観ノ場所(東京ニ於テハ金竜山浅草寺,東叡山寛永寺境内ノ類,京都ニ於テハ八坂社,清水ノ境内,嵐山ノ類,総テ社寺境内除地域ハ公有地ノ類。)從前高除地ニ属セル分ハ,永ク万人偕楽ノ地トシ,公園ト相定メ被ル可キニ付,府県ニ於テ右地所を択ヒ,其景況巨細取調,図面相添,大蔵省へ向出ズ可キ事〉とある。そのあとは,公園を市中に造成することによって,市中の乱開発にブレーキをかけることを目的につくられるようになった。地方では大名邸庭園の開放が相次ぎ,城郭,さらには宮廷関係施設の公園化がすすみ,市中に山居を求める伝統が生かされている。山居であって田園を求めるのでないところに,日本的特色がある。
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