●小磯国昭内閣 こいそくにあきないかく
アジア 日本 AD1944 昭和
1944年(昭和19)7月〜45年4月,東条英機内閣倒壊後,小磯国昭が米内光政を海相として成立した太平洋戦争末期の内閣。戦争継続を基本的方針として1億総武装を標榜し,兵役年齢の17歳への引き下げ,台湾人の徴兵制度実施,従来の大本営政府連絡会議を最高戦争指導会議に改組したが,国務と統帥との分裂を解消できなかった。とくにルソン島・硫黄島・沖縄へのアメリカ軍の上陸,マリアナ基地からのB29の本土空襲下に,生産は急激に低下した。内閣は敗勢をたてなおせず,ソ連を仲介とする和平工作,中華民国政府との和平工作にも手をつけたが,軍部の本土決戦論と対抗し,閣内不統一となって総辞職した。