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●小石川薬園 こいしかわやくえん

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 5代将軍徳川綱吉は,自分の生母であった桂昌院に対し孝養をつくす意味をもって,桂昌院が深く帰依していた僧亮賢(りょうけん)に,新しく寺を建立するための土地として大塚薬園の地を与える約束をした。この結果,新義真言宗豊山派の護国寺が,1681年(天和1)に建立された。これらの余波を受けた幕府は,やむをえず薬園を,小石川の白山に移し,小石川薬園と称した。この地は古くから「初音の里」といわれており,前述の5代将軍徳川綱吉の別荘である白山御殿の地であったが,さきに述べた,護国寺建立の際に,そこにあった江戸幕府の薬園をここに移転させた。それ以来,幕府は,小石川養生所を置いたり(1722),また江戸中期の儒者であり蘭学者でもあった青木昆陽が,ここで甘藷の試作に成功したりした。さらに明治になってからは東京帝国大学の所有地となり,1877年(明治10)東京帝国大学の付属植物園となった。現在の面積は,15.8ヘクタール(約4万8,000坪)の広さであり,今日でも内外の植物数千種を栽培している。