●乾隆帝 けんりゅうてい
アジア 中華人民共和国 AD1711 清
1711〜1799(在位1735〜1795)中国清朝第六代の皇帝。名は弘暦,廟号は高宗,年号により乾隆帝という。雍正帝の第四子。24歳で即位,治世60年間は康煕・雍正両帝の治世と合わせて清朝の全盛期を現出,内外に輝かしい治績をあげた。内政面では康煕帝の寛容と雍正帝の厳正の中道を方針として,両帝の偉業をさらに発展充実させ,とくに中国伝統の学術文化の保護奨励につとめ,『四庫全書』そのほか多くの書物の編さん事業を行い,同時に禁書や文字の獄によって清朝の中国支配の強化につとめた。対外的にはジュンガル・金川・グルカ(各2回),回部・台湾・ビルマ・ヴェトナム(各1回)へ計10回の遠征を“十全の武功”と誇って版図の拡大をはかった。またイエズス会士伝来のヨーロッパ文化を愛好し,イギリス使節マカートニーの貿易改善交渉を拒否して大清帝国の面目を誇示したが,晩年には綱紀がゆるんで,白蓮教の乱がおこり,衰退の兆しが表れはじめた。
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