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●憲法十七条 けんぽうじゅうしちじょう

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 聖徳太子の制定と伝わる日本最古の成文法。成立年には,『日本書紀』の604年(推古12)説と『上宮聖徳法王帝説』の605年説と光定(779〜858)の『一心戒文』の602年説との三説がある。内容は,〈和を以って貴しと為し〉〈篤く三宝を敬ヘ〉〈詔を承はりては必ず謹しめ〉など,官吏たる豪族への政治的道徳的訓戒17カ条を漢文で記したもの。思想的には仏教・儒教・法家の影響が強い。さらに天皇を中心とする中央集権国家の形成を意図し,大化の改新の政治的理念ともなった。一方で,古くから津田左右吉に代表される憲法偽作説がある。この説の最大の論拠は,第12条の〈国司・国造〉の語で,推古朝には国司制度はまだできていないというところにある。しかし,最近の井上光貞・直木老次郎・岸俊男らの官司制や皇室所有の部の研究から,大筋としては太子の制定として認めてよいとする説が有力である。