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●憲法義解 けんぽうぎげ

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 1888年(明治21)枢密院に諮詢された帝国憲法・皇室典範の草案が逐条審議された際,条項ごとの説明書が枢密顧問官らに配布された。この説明書は,各条文に対する草案立案者の公式解釈を記したものであったこともあり,かかる逐条説明書を公にすることが問題となった。そこで,伊藤博文・井上毅・伊東巳代治らの草案起草者と諸学者とが共同で検討することになった。ここで執筆されたのが,『帝国憲法皇室典範義解』であった。該書は“枢密院議長伊藤伯著”の名で,1888年6月1日に国家学会蔵版として出版された。200頁の本文のほかに,伊藤の自筆序文と巻末に5月付の国家学会の“附言”がある。これは,本書が憲法に対する草案起草者または政府の公式解釈的性格を有していることから,将来おこり得る解釈上の問題を避けるために伊藤個人の私的著書の体裁をもたせたことによる。該書のほかに,両義解を分けた国家学会の非売品特製本,“義解”の二字を欠く稿本,伊東巳代治の英訳本とがある。