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●ケンペル

ヨーロッパ ドイツ連邦共和国 AD1651 ハプスブルク朝

 1651〜1716 ドイツ人博物学者・医者。江戸時代中期に来日し,日本の社会・政治・動植物などを研究,ヨーロッパに鎖国期日本の姿を知らせた。レムゴーで生まれ,1683〜1684年にスェーデンのペルシア派遣使節書記官として従いペルシアに赴任した。1689年にオランダ東インド会社の医官となり,シャムを経て1690年(元禄3)に長崎に来航した。滞日中に,1691年(元禄4)と翌年の2回にわたり,オランダ商館長の江戸参府に従い長崎−江戸を往復した。このときの旅行記は主著『日本誌』のなかに収められ,外国人による日本史料として重要視されている。また同書は18世紀末から蘭訳が日本に渡来し翻訳されている。なかでも志筑(しづき)忠雄が1801年(享和1)に訳した抄訳は『鎖国論』の名で広く流布し,日本人の外国観に影響を与えた。1692年(元禄5)に帰国,故郷で余生を過ごした。