●憲法会議 けんぽうかいぎ
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枢密院において帝国憲法草案を審議・確定した会議。7章76条から成る憲法原案を起草した伊藤博文は,憲法原案を諮詢する機関として内閣顧問ヘルマン=ロチェスラーの意見をいれ,1888年勅令第22号によって枢密院を設置した。同年5月8日に開院式が行われ,憲法・皇室典範の原案が下付され,会議は6月18日〜7月13日の10日間19回の第一審会議で下付原案を逐条審議し,皇室典範・議院法・会計法・衆議院議員選挙法・貴族院令の審議を終了させてから,第二審会議を1889年1月16日に1日2回行い,ここでの検討から再び修正を加えて同29日〜31日の3日間3回の第三審会議によって確定草案をつくった。会議は大木喬任以下14名の顧問官と議長伊藤博文,書記官長井上毅,書記官に伊東巳代治・金子堅太郎・津田道太郎・花房直三郎・牧朴真が任じて行われた。下付原案中修正されたものは48カ条,無修正のままのものは28カ条であったが,原案の根本に関しては全く触れられなかった。