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●源平の合戦 げんぺいのかっせん

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 平安末期,源氏と平氏の政権争いの戦乱。保元の乱(1156)・平治の乱(1159)で源氏は勢力を失い平氏政権が成立した。しかし平清盛が全権を掌握してまもなく,源頼政は,後白河法皇の皇子以仁(もちひと)王を奉じ平氏打倒の兵をあげた。源頼朝や源(木曾)義仲も挙兵し内乱が始まった。頼朝は石橋山の戦いに敗れたが,富士川の戦いで平氏軍を破った。清盛は都を一時福原に移し内乱対処をはかるが失敗,1181年(養和1)病死した。

 一方,木曾義仲は礪波山の戦いで平維盛を破り入京した。平氏は安徳天皇を奉じ西国に都落ちしたが,義仲が頼朝の命を受けた源範頼源義経宇治川の合戦で破れ敗死すると京都に迫った。範頼・義経は,平氏を“一ノ谷の戦い”で破り,さらに“屋島の戦い”“壇の浦の戦い”で平家を全滅させ,内乱は終息し源氏の政権が確立した。