●阮福映 げんふくえい
アジア ベトナム社会主義共和国 AD
阮福映(グエンフクアイン)は,ヴェトナム最後の阮王朝(1802〜1945)の開祖である。黎朝後半17〜18世紀のヴェトナムは,北の鄭(ダン)氏と南の阮(グエン)氏により二分された。1771年阮氏領南部の帰仁(クイニョン)の阮兄弟が西山(タイソン)党なる農民蜂起を組織し,まず富春(フスァン)の阮氏を滅ぼし,昇龍(タンロン,ハノイ)の鄭氏も滅ぼした。黎朝の王族は清の乾隆帝に救援を求めたので,清軍はハノイを衝いたが西山党に駆逐され,1989年黎朝は滅び,阮文恵(グエンヴァンフェ)は光中(クアンチュン)皇帝を称した。冨春の阮氏の一員映(アイン)は交趾支那に逃れ,シャムやフランス人司教ピニュー=ドウ=ベーヌらの協力により,西山党を滅ぼし,1802年ヴェトナム全土を統一し即位して年号を嘉隆と称し,国名を安南から越南に改め,首都をフエに定めた。阮朝は嘉隆(1902〜20)・明命(1920〜40)に国威を登揚し,カンボジア・ラオスを版図に入れたが,明命以降,中国文化とりわけ儒教に傾倒し,キリスト教を禁圧したため,フランスの干渉する口実を与え,急激に国際化する時代にその鎖国政策で国を滅ぼすこととなった。