●限田法 げんでんほう
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前漢末期,哀帝の前7年(綏和2)に発布された土地所有額の制限に関する法令。内容は『漢書』哀帝本紀及び『食貨志』によれば,諸侯王・列侯はその封国内に,長安在住の列侯と公主は県・道に私有地の所有を許される。関内侯以下吏民にいたるまでは私有地の限度額を30頃とする。また,奴婢所有をも制限し,諸侯王は200人まで,列侯・公主は100人まで,関内侯・吏民は30人までとする。さらに,商人の土地所有や官吏任用を禁止し,以上の違犯者は律によって罰せられ,限度額を超えた土地・奴婢はすべて国家に没収されるというものであった。しかし,当時の外戚・宦官などの有力者によって反対され実施をみなかった。これは,大土地所有の進行を国家権力ではすでに制御しきれない段階に至ったことを示している。限田法の失敗以後,王莽の土地国有政策の失敗などがあり,理念的なもののみが後代に限田説として継承されていった。