●建築儀礼 けんちくぎれい
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日本人は太古の昔から,身近に神を感じ,その神の加護のもとに生活していたから,家を建てるにも,土地の精霊を祭り鎮め,その許しを得るとともにその加護を祈願した。それが地祭りとか土祭りというものである。地面を清めて忌み竹を四方に立て,それに注連縄を張り,中央には土を盛り,神の依り代(よりしろ)となる榊の枝を立てる。その前に祭壇をつくり供物をする。今は神職により祭典が行われるが,これが起工式でもある。このあと地形(ちぎょう)とか地突きといい,一種の地固め作業が行われる。この作業は基礎造りであり,柱を立てる部分を掘り下げて突き固め,砂を敷き小石を入れる。さらにクリ石という砕石を入れて突き固めるが,その方法は,やぐらを立て,タコとかキネと呼ばれる円柱形の木を6,7人で引いては落として突く方法である。このときに唄うのが地形唄で,〈めでためでたの若松さまよ〉をはじめ,各種の祝い唄が歌われる。この作業は祝賀の意味とともに,地中の悪霊を突き鎮め,新しくできあがる家屋に少しでも災難のないようにとの祈りをこめる儀式でもあり,東北の各地では千本突きと呼ばれ,多くの人々の念力がこめられたようである。通常,この地突きは家の中心であり,家の守り神の宿るところとされる大黒柱から始めて,戌亥の隅で終わるのを作法とする。あるいは,再び大黒柱に戻って収める場合もある。いずれにしても,単なる土木工事以上の意味があることは明白である。地固めがすむと柱立てとなる。これは立柱式ともいうべきもので,上棟式とか棟上げ式の語で呼ぶけれども,神奈川県津久井郡や静岡県伊豆半島では,この日,大黒柱に蓑と笠,それに女の化粧道具一式を飾るという。これには伝説がある。ある大工が柱をl本,誤って短く切ってしまい困っていると,大工の女房が全部短い方にそろえて切って,堂宮のように櫛型を当てて桁をのせればよいと言った。大工ははたと合点し,そのとおりにすると意外なほどよく仕上がり,施主からも喜ばれた。ところが女房に教わったというのでは男が立たないから,お前の命をくれといって女房を殺してしまった。そこで建て前のたびに,その霊を慰め供養のために化粧道具を飾るのだという。これと似た話は本州中部に広く伝えられている。この建て前には幣串(ヘいぐし)といい,角柱を立て五色の布を下げたものを家やその規模によって3本・5本・7本と奇数本立てる。東北の隅を表鬼門,西北の隅を裏鬼門と称して災難除けに,その方向に弓に矢をつがえたものを立てる。幣串の前には棚をつくり,神酒・塩・野菜・魚などの供物を供える。この棚を関東ではテング棚というところがある。建て前には餅まきがつきものであるが,建物の四方の隅の柱に神酒を注いだり,また,隅餅(すみもち)と称して,一段と大きい餅を投げ落としたりする所作がみられる。これは家の中央にある大黒柱だけでなく,そこから離れた四隅の柱にも神のご加護を願う作法で,あわせて建物全体の平安を祈願しようとした古人の配慮が,こうした形で今に伝えられているものと思われる。この後,正面から小餅が派手に投げられる。近年は,これがなかなか派手に行われるようになり,餅に硬貨を入れたりみかんを投げたりするようになって,それを拾うために集まる人も増える傾向にある。この後祝宴があり,終わると棟領送りということになる。幣串は招かれた職種の代表者に下げ渡される。大工棟領を送るときには米3俵を引き物につけ,馬に乗せて帰した時代もあった。酒に酔った棟領が馬からころげ落ちることもよくあったと伝えられる。棟領の家まで送り届けると,再び棟領の家で宴となるということであったが,今はそうしたことも簡略になった。棟木には,そのときの祭具の一部や棟札などが結びつけられ,末永くこの家を守護し繁栄に導くと信じられている。〔参考文献〕牧田茂「建築儀礼」『日本民俗学大系』6,1958,平凡社