50音順    検 索

●現代音楽 げんだいおんがく

AD 

 20世紀の新しい音楽をさすのが一般的である。広義の現代音楽としては,後期ロマン派の終わったころから今日までの音楽を含む場合もある。この立場からは近代・現代と区別する。現代という場合は,今日という時点を重くみるべきで,時代的にいうと1920年ころからとみてよい。この時期から今日の音楽を方向づけた重要な動きがほとんど出揃った。だが10年ないし15年という前代に比べて速いテンポで新しい変化がおこっていることも認めなくてはならない。このように規定したうえで,現代音楽を作風別に分類すると,ストラヴィンスキー・ミヨー・オネゲルらの新古典主義,ヒンデミットらの新即物主義,シェーンベルクを始祖とする12音音楽,現代の民族主義−社会主義リアリズム,およびこれらから派生したいろいろな前衛主義・電子音楽・ミュージック=セリエル・偶然性の音楽・推計学的音楽・空間音楽・シアター=ピース・コンピュータ音楽などをあげなければならない。

【現代音楽を用意した作曲家】現代音楽は語法のうえでみると,ドゥアーとモールの調性組織や,3和音システムなど,古典・ロマン派の金科玉条とした音の組み立て方を否定しようとする動きのうちに始まる。ロマン派の和声は,ヴァーグナーによって完成と爛熟の極に達した。これがトリスタン和声と呼ばれるもので,これをいっそう深めることで新しい音楽の方法論を探ろうとしたのが,マーラー・R=シュトラウスらである。彼らを後期ロマン派に分類する場合も多いが,大たんな不協和音や半音階の使い方,オーケストラの近代都市的なひしめきといった点から,現代の先駆とみるのがふさわしい。またロマン派,主としてドイツ流の音の組み立て方を,自国の伝統的な音楽にもとづいてうち破っていこうとした,ロシア・ハンガリー・北欧の“国民楽派”の人々の現代に投げかけた意味を重視せねばならね。とくにムソルグスキー(1839〜1881)の,民謡に源をもつ独自な旋法・和声・自由なリズムは,ドビュッシーラヴェルの創造力に強い自信を与え,ストラヴィンスキーの初期の作品を準備したことを,高く評価せねばならない。

【現代音楽への過渡期】通常は近代音楽と呼ばれているが,その特色は,19世紀的な音楽のエスプリや技法に反対する行き方にある。たとえばロマン派で重んじられた人間像の表現にかわって,感覚や官能の重視,分裂的・機械的な表現,はげしい変化への憧れといったものをみせる。この方向をさらに明確にしたのが1920年代以降の現代音楽である。まずドビュッシー(1862〜1918)の印象主義が画期的である。全音音階,五音音階や中近東風の旋法,調性から解放してひびきとして進行させる和声法,小節から自由にされたリズム,非逆行性のリズムなどは,メシアンなどの現代作曲家に継承されて,その先駆的意義を今日改めて再評価されている,またラテン的な印象派と正反対の,感覚美や悦楽性を否定して,人間の心の内部のひびきを知的な手法で伝えた表現主義,スクリャービン(1872〜1915)も大きな存在である。彼は1920年のなかごろから12音音楽の技法を展開するようになった。新古典主義・客観主義の旗頭として,12音音楽派と現代音楽を二分したストラヴィンスキー(1882〜1971)の初期の原始的ダイナミズムも今日の音楽の出現を刺激した。そのほか新古典の先駆サティ(1866〜1925),イタリアのマリネティルッソロらの未来派・騒音主義,スクリャービン(1872〜1915)の神秘主義も忘れられてはならない。

【現代音楽の諸流派・種類】古典(というよりバロック・前古典)のもつ純粋な音楽美・均整・情緒に走らない知的客観性を,新しい眼で見つめ直すことによって20世紀までの音楽の全否定を行ったのが新古典主義である。この行き方に対して今日的意義を認めない論もあるが,大部分の先端的作曲家がこの影響をうけ,あるいは経過し,今日なおその延長線上に立つ人々が多いことは否定できない。サティ・ラヴェルらに芽生えをみせるが,思想的に体系づけたのがブゾーニ(1866〜1924),強力に推進したのが,“春の祭典”ののち原始主義的ダイナミズムを1920年代に脱したストラヴィンスキーである。“バッハに帰れ”のスローガンのもと,“エディプス王”“詩篇交響曲”などの代表作を残した。1951年以降は12音の技法をとりいれたが,やはり新古典・客観主義を基盤とした。彼の新古典主義はフランスの六人組,ついでアルクィコ楽派のソーゲやドラノワらに強い影響をおよぼした。六人組のなかではミヨー(1892〜1974)とプーランク(1899〜1963)が典型的な新古典の道を守った。オネゲル(1892〜1956)は新古典を一歩つきぬけて,新しい意味のロマン派・人間的表現をめざした。ヒンデミット(1895〜1963)の新即物主義も,マクロ的に見ればこの流派に加えてよい,チェコのマルティヌー・ソヴィエトのプロコフィエフ・ハンガリーのバルトークらのなかにも新古典主義は色濃く影を落している。シェーンベルクは“ピアノ組曲”“管楽五重奏”(1924〜)を12音音楽の出発点とし,“管強弦楽のため変奏曲”(1928〜)で新しい作風を確立した。この12音音楽は,現代音楽の大きな特色である調性の否定を,最も大胆に合理的に行ったものである。不協和音の使用が進んで無調になり,これが極点にまでつきつめられたものといえよう。一切の中心音が退けられ,オクターヴに属する12の音のどれもが同じ比重で扱われ,音の組み上げ方,進行が厳格な秩序のもとに行われる。この行き方をさらに尖鋭化したのがウェーベルン(1883〜1935)である。抽象的で非情な表現,音のくり返しや厚みをできるだけ避け,空間を重んじたことから“点描主義”とも呼ばれ,電子音楽,ミュージック・セリエールなど一連の前衛音楽への道を開いたといえる。12音音楽は,第二次世界大戦が終わるまで一般化されず,狭いサークル内にとどまっていたが,1940年代の終わりごろから急激に支配的な現代音楽技法となった。ウェーベルンをうけつぐミュージック・セリエルの行き方をする作曲家に,ドイツのシュトックハウゼン(1928〜)や,フランスのブーレーズ(1925〜),メシアン・ルルー・イタリアのノーノ(1924〜)らがいて多彩である。これは12音の理念をさらに尖鋭化し,一定の秩序で配列された音列にしたがって音高を選択する音列作法を,さらに全音楽ファクター(音価・音勢・音色・アタックなど)に適用した作曲法である。ミュージック・セリエールにおける,全セリエール・全音楽ファクターの計量秩序化という考え方は,当然電子音楽を出現させる。1950年,ドイツのケルン放送局の特設スタジオで行われた実験的段階から作品にまで高めたのがシュトックハウゼンである。電子音楽はイタリアのマデルナ・ベリオ,フランスのブーレーズ,日本の黛・諸井・一柳らによって一時期注目すべき作品をもった。なお尖端的な現代音楽として,1957年,アメリカのイリノイ大学においてコンピュータ音楽が実験され,ギリシアのクセナキス(1922〜)らが発展させた。“音を音に返せ”という立場で従来の音楽の要素や表現を全否定したのが,アメリカのジョン=ケージ(1912〜)を始祖とする偶然性の音楽である。この考え方は,無音の音楽,図形楽譜,プリペアード・ピアノ,無作為な即興性など,今日の作曲家への影響力は,測りしれない。また空間音楽といって,楽器群を空間的に異った位置に配し,音の指向性の変異や,テンポ・リズムの多次元性,音響の偶然的結合を意図した音楽も問題性を投げかけた。一方ソヴィエトでは,これらの前衛技法を非人間的として社会主義リアリズムという,いわば新ロマン的な音楽を生みだした。プロコフィエフ(1891〜1953),ショスタコーヴィッチ(1906〜1975)らがその指導的作曲家だが,今日では前衛主義も採りいれた若手作曲家の出現も見ている。東欧の作曲家たちは,ポーランドのそれを初めきわめて前衛的である。もちろんこれらの現代音楽の方向に疑問をもち,新しい人間的技法をめざす作曲家たちも欧米にめばえてきている。