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●阮籍 げんせき

アジア 中華人民共和国 AD210 後漢

 210〜263(建安15〜景元4)中国魏晋時代の人,竹林七賢の一人。陳留尉氏(河南省尉氏県)に,建安七子の一人ゲンウ※注1※の子として生まれた。字は嗣宗。魏の太尉蒋済の吏となったが病気を理由に辞職,ついで尚書郎となったがこれもすぐやめた。曹爽は彼を招いたが行かなかったところ,間もなく曹爽は殺された。また司馬懿のもとで従事中郎,司馬昭のもとで大司馬中郎となり,散騎常侍を歴任。彼には本来,世を済わんとする志があったが,魏晋交代の乱世において政治生命の全きを保ち得ない名士が多いのをみて,ついに世事に関与するのを避けて飲酒を常とし,嘯(しょう)や弾琴を好んだという。彼の思想の根幹には,当時の作為と欺瞞におおわれてしまった儒教的礼法が自由な人間性を抑圧する事への極度な嫌悪があり,彼は自信をもって礼法に従わなかった。礼法の士を白眼視したのは有名である。著作に平生の憂悶や神仙へのあこがれなどを五言詩に表現した『詠懐詩』のほか,老荘思想にもとづく『大人先生伝』,『達荘論』などがある。

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