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原子力 げんしりょく

原子力発電】原子炉で発生する熱エネルギーで蒸気を発生させて,それでタービンを回転させて発電をするのを原子力発電といい,これに用いる原子炉を発電用動力炉という。発電用動力炉にも種々の型のものがある。カナダで開発され広く用いられている原子炉は,CANDU炉(キャンドゥー炉)と呼ばれ,減速材および冷却材として重水を用いる。核燃料としては天然ウランを用いる。またイギリスで開発された原子炉で,黒鉛を減速材に炭酸ガスを冷却材に用いるマグノックス炉(コールダーホール型炉)というのがある。いずれもこれらの冷却材は,蒸気発生器を通して,そのなかにある軽水を蒸気にし,その蒸気でタービンを回転させるようになっている。このような場合,直接原子炉を冷却するものを一次冷却材といい,蒸気発生器を通して一次冷却材から熱をとって蒸気になる軽水を二次冷却材と呼んでいる。

 発電動力炉で,軽水を減速材として,また同時に,冷却材として用いるものを軽水炉と呼んでいる。原子力潜水艦などの船舶推進用の動力炉は,すべて軽水炉であるが,世界的にみると,発電用動力炉についても軽水炉の占める割合が多い。とくにわが国の場合は,運転中の発電用動力炉27基のうち26基は軽水炉である。残りの1基は,マグノックス炉の東海原子力発電所の1号炉だけである。

 軽水炉では,一次冷却材の軽水が減速材であると同時に冷却材になっているが,これに二つの型のものがある。一つは,他の一次冷却材を用いる原子炉と同様に,これを蒸気発生器に通し,二次冷却材を沸騰させて生じた蒸気をタービンに送るもので,加圧水型軽水炉(加圧水炉PWR)と呼ぶ。これに対し,一次冷却材を原子炉のなかで沸騰させて,生じた蒸気を直接タービンに送るもので,これを沸騰水型軽水炉(沸騰水炉BWR)という。

 PWRの構造を簡単に示すと,図のようになっている。原子炉と加圧器と蒸気発生器が,一つの格納容器に入っている。原子炉は,原子炉容器に入っている。原子炉には,酸化ウランが入っている。ウランは2〜3%に濃縮されている。この酸化ウランは,最近の原子炉では長さ約3.9m,直径約1cmの容器に入っている。これを燃料棒と呼んでいる。最近の原子炉では,4万本に近い燃料棒が入っている。炭化ホウ素の粉末を詰めた制御棒が,そのあいだを上下するようになっている。原子炉は水で満たされていて,熱せられた水は蒸気発生器に送られ,ここで二次冷却材の水を沸騰させる。温度が低くなった一次冷却材の水は,原子炉にポンプで戻され,循環するようになっている。加圧器は,水が沸騰しないように圧力を加える装置で,大きな電熱器が入っていて中の温度を高く保つ。蒸気発生器で沸騰した水は,タービンから復水器にいき,ここで水になってポンプで蒸気発生器に戻される。二次回路の圧力は一次回路の圧力より低くなって,水が沸騰するようになっている。復水器には海水をポンプで送るようになっていて,復水器の温度を低くし,圧力を下げてタービンの効率をよくする。復水器からは海水よりも7〜8度高い水を排出する。これを温排水と言っている。最近の発電用原子炉では,毎秒60t以上の温排水を出している。排気筒からは復水器にたまった気体廃棄物を出す。核反応は制御棒を上下して制御するようになっていて,制御棒を全部入れれば原子炉の核反応は停止する。

 BWRは,図に示すような構造になっている。この場合は,原子炉の上部に原子炉内で発生した蒸気がたまり,これがタービンに送られるようになっている。この場合は,冷却材は一次と二次の区別をする必要はないが,その他はPWRと同じである。BWRでは下から制御棒が入る。

 PWRの一次冷却材の圧力は150気圧の程度で,原子炉から出る一次冷却材の温度は320度程度で,BWRでは290度程度である。PWRはもともとウェスチングハウス社が潜水艦用に開発したもので,BWRはゼネラル=エレクトリック社が発電用動力炉のために開発したものである。

 発電用原子炉を置いて発電をする施設が原子力発電所である。最近では,わが国の原子力発電所に設置されている発電用原子炉では,110万キロワットの電気を出力するものが多い。発電用原子炉の場合には,原子炉で発生した熱の3分の1が電力になり,残り3分の2は,温排水に熱を与えて海に棄ててしまう。言い換えると,軽水炉の熱効率は3分の1ということである。したがって,電気出力100万キロワットであれば,原子炉の発生する熱は300万キロワットでなければならない。この熱として出る出力を熱出力という。前に述べたように,1GのU-235の核分裂は熱出力1,000キロワットで1日の運転に相当するので,300万キロワットの熱出力,言い換えると,電気出力100万キロワットの原子力発電所を1日運転するのには,1kGのU-235を消費するわけである。このため,軽水炉では2〜3%に濃縮した酸化ウランを,総量で約100t装荷する。PWRでは,毎年その3分の1を,BWRでは4分の1を交換,軽水炉では,原子炉を停止しないと燃料の交換ができない。そのほか定期点検などのため軽水炉による原子力発電所は,最も短くても1年のうち3カ月は停止しなければならない。

 現在,わが国には27基の発電用動力炉があり,その発電容量は合計して1,969万キロワットで,1983年度の総発電量の20%を占めていると言われている。また,発電原価は,石油火力や石炭火力に比べて低廉であると言われている。しかし,この発電原価の計算には,原子力発電による使用済核燃料の処理,またそれによって生じる高レベル廃棄物の処分,耐用年数がきて廃炉になった原子炉の処置に必要な費用が算入されていない。これらに要する費用については見当さえつかないものもある。こういうものまで入れれば,発電コストは,石油や石炭の場合に比べて相当高くなるものと思われる。

 次にウラン資源の問題であるが,1ポンド30$以下のものは,ソ連・東欧圏・中国を除くと,酸化ウランに換算して600万t以下である。したがって,原子力発電の規模が20億キロワットにもなると,どう無理をしても50年はもたない。それにエネルギーのなかには電気だけでは役に立たないものもある。

 海水中には全部で50億トンのウランがあるといわれるが,その濃度は,1リットル中に0.003mGしかなく,あまりにも希薄で,原子力発電に必要な量を採取するなどということはまず不可能である。

原子炉の安全性原子力発電に関する最大の問題は,原子炉の安全性である。それは,原子炉を運転すると非常に放射性の強い核分裂生成物が蓄積されていくためである。前にも述べたように,放射性物質から出るα線,β線,γ線は生物にいろいろな影響を与える。中性子も同様である。物質がこういう放射線を出す強さを放射能といい,その単位をキュリーという。これは,Ra-226の1Gの放射能である。同じ量の物質では,放射能は半減期に反比例する。

 これらの放射性物質による放射線障害は,放射線の強さによって違う。人間でも他の動物でも,非常に強い放射線を受けると直ちに死んでしまう。それほどでなくても数日中に死ぬこともある。このような例は,広島と長崎の原爆投下後の死者に見られる。放射線が弱くなると,放射能症にかかっても死なないこともある。また,血液検査で異常が認められる程度のこともある。放射線による白内障も知られている。このような死者や障害者の症状は,放射線被爆後,短い期間におこるもので急性効果と呼んでおり,放射線の強さが同じであっても受けた人によって違ってくる。

 急性効果のほかに,被爆後10〜30年後に表れる晩発効果がある。これは,微量の放射線によって生じる白血病その他のがんである。広島・長崎でも,被爆後,長い期間ののちにこのような晩発性がんのために死んだ人たちが少なくない。まだ,この晩発効果についてはよくわかっていないが,放射線の強さが弱くても,晩発効果が表れるのは確率が小さくなるだけで,どんな弱い放射線でも晩発効果はなくならないと考えられている。

 出力100万キロワットの原子力発電所を運転すると,1日に約3kGのU-235が分裂し,ほぼこれに等しい核分裂生成物を生ずる。これは,強い放射能をもち広島に投下された原爆では,核分裂をしたウラン-235の量は1kGとされているので,この場合の“死の灰”といわれる核分裂生成物の約3倍のものが,原子力発電所で蓄積されていくということになる。こういう放射性物質のなかには,半減期の短いものもあるが,しばらく運転した後には,120億キュリーの核分裂生成物が内蔵されている。またこのなかで,主要なもののうち半減期が比較的長いものを表に示す。このうちPu-239は分裂生成物ではなく,U-238に中性子が当たって生じるものでは,核分裂生成物もプルトニウムも燃料棒に蓄積されていく。この表の値は,燃料棒の交換後約1年運転したときのものと考えていただきたい。このように燃料棒のなかに蓄積されるもののほか,水の中に溶け出した鉄さびに中性子が当たって,Fe-59から生じたCo-60(半減期5.3年)のような放射化生成物もある。空気中の窒素が放射化して生じたC-14(半減期5,730年)も問題になる。

 表にする元素の同位体が人間に及ぼす影響は,キュリー数だけでは決まらない。表にするKr-85やXe-133は人間の体に吸い込まれても,希ガスであって化学的に不活性であるので,人間の組織のなかに取り込まれないため,一時的に放射を被曝するだけである。これに対し,Sr-90はストロンチウムがカルシウムと似た化学的性質があるため,体内に入ると骨のなかにとどまって長い間放射線を出し続ける。Cs-137もSr-90と同じように大きな影響をもつ。

 Sr-90の場合は,1平方mの土地が5万分の1キュリー以上汚染されると,人間の居住には危険になるとされている。また,農耕の場合には人間の食物となることから,その10分1の50万分の1キュリーとされている。ところが表をみると,Sr-90は520万キュリーも内蔵されていて,仮にこれを均一に散布するとすれば,260万平方kmの土地を農耕不可能にし,26万平方kmの土地を居住不可能にするほど汚染することができるわけである。北海道の面積が7万8,100平方kmであることを考えると,この面積がどれほど広大なものであるかがよくわかる。原子力発電所に関しては,他の諸施設の場合に比べて安全性が格段に大きな問題になるのは,いったん放射性物質が放出されると,他の災害に比べて非常に大きな規模の災害になるからである。

 上に述べたことから,原子炉の安全性は,内蔵されている放射性物質の量が非常に大きいことについては,これをどうすることもできないので,これをどのようにして外部に洩らさないようにするかということに問題は帰着する。その一つは,いったん事故がおこるとどの程度の災害になるか。また,そのような事故のおこる確率はどの程度になるかということである。もう一つは,平常運転をしているときにどの程度の放射性物質が外部に洩れるかということである。

 どの原子炉でもいろいろな事故がおこるが,軽水炉の場合には,冷却材喪失事故の危険性が最大の問題である。それは,PWRでもBWRでも冷却材回路のパイプが破壊すればおこることで,冷却材が失われると,燃料棒のなかで発生した熱を除去することができなくなるので,その温度が上昇するためである。冷却材がなくなると,これが減速材の役割をしているので,核分裂の連鎖反応は停止するが,燃料棒のなかに蓄積されている放射性物質の崩壊による熱はそのまま出続ける。燃料棒の容器の壁は,厚さ1mm以下の薄いジルカロイ(ジルコニウム合金)でできているから,熱のため破損し最後には炉心が溶融してしまう。放射性崩壊のときの熱出力は,電気出力100キロワットの原子炉では20万キロワットに達する。炉心が溶融すると,放射性物質のうち揮発性のものは大部分,ストロンチウムのようなものは6%ほど環境に放出される。大きな事故だと,風下9kmにいる人は早期に死亡し,17kmまでは急性障害を受ける。晩発性効果については,さらに遠くまで及ぶ。

 このような危険があるため,軽水炉には,冷却材が喪失したときには自動的に原子炉に水を注入する装置が付いている。これを非常用炉心冷却系(ECCS)という。このようなECCSが事故の際に有効に作動するかどうかということについては議論があるところである。そうして,上で述べた大事故が,どの程度の確率でおこるかどうかということについては,まだ誰一人自信をもっていえない段階である。

 さらに頻繁におこりうる小さな事故や,平常運転のときに,排気筒や排水管から放出される放射能の影響についても問題があるが,確信的なことはいえない。

【原子力開発の歴史】真空中で,陽子・重陽子のような粒子加速器がつくられたのは1932年で,イギリスのコックロフトウォルトンは,これを用いて加速した陽子をリチウム原子核に当てて,初めて人工的に核反応をおこした。その後,加速器の発達により原子核の研究は進められたが,1932年にチャドウィック中性子という粒子の存在を確認して以来,原子核に関する研究は大幅に進歩した。その後,加速器による核反応で得られる中性子原子核に衝突させる試みが行われた。そのなかで,このような中性子との衝突で,原子番号Zが,ウランの92より大きい超ウラン元素をつくろうという試みも行われた。1938年にドイツのオットー=ハーンは,このような超ウラン元素をつくろうという実験をしているうちに,U-238が核分裂することを発見した。また1940年には,シーボーグが加速器を使って超ウラン元素であるプルトニウムを発見した。 1942年には,エンリコ=フェルミが=U-235の核分裂の連鎖反応をおこさせることに成功し,これによって莫大なエネルギーが得られることが示された。

 アメリカでは,この核分裂エネルギーを兵器に応用して原子爆弾を製造するためのマンハッタン計画が1939年から始まった。この計画の一つとして,フェルミがCP1という最初の原子炉をつくり,減速材に黒鉛,核燃料に天然ウランを用いた。CP1は,1942年に臨界に達し,人類は初めて制御した核分裂反応に成功した。その後,核兵器製造のためのプルトニウム生産炉がワシントン州のハンフォードにつくられ,ここで得られたプルトニウムを用いた原子爆弾の実験が1945年5月16日ニューメキシコ州のアラマゴードの砂漠で行われ実験に成功した。2発目のプルトニウム爆弾は,1945年8月9日長崎に投下された。

 一方,マンハッタン計画によるウラン濃縮工場は,1943年にテネシー州のオークリッジに建設され,200万キロワットの電力を投入してウラン濃縮を行った。ここで,93%以上にU-235を濃縮した高濃縮ウランを用いた原子爆弾が1945年8月6日広島に投下された。

 原子炉から出る熱エネルギーを利用した発電は,1954年に最初にソ連で行われ,1956年にはイギリスで,プルトニウム生産炉からの熱で発電が行われた。

 1955年にアイゼンハウアー大統領の提案に従ってジュネーブで,第1回原子力平和利用国際会議が開催され,その年の国連総会で国際原子力機関(IAEA)の設立が定まった。

 現在最も多く使われている軽水炉は,最初原子力潜水艦用に製造され,1954年にこれを搭載したノーチラス号が進水した。軽水炉を用いた最初の商業用原子炉は,ペンシルヴァニア州のシッピングポートに建設され,1957年12月に始動した。その出力は6万キロワットであったが,次第に大型化し,現在では出力100万キロワットがふつうになっている。

 その後,軽水炉の安全性が世界的に問題になっていたが,1979年3月28日のスリーマイル島原子力発電所事故があり,問題が新しくおこった。

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