●犬戎 けんじゅう
アジア 中華人民共和国 AD
中国古代の西北辺境の民族。周の穆王(ぼくおう)が西征して犬戎を討ち,これを太原に移したとも,あるいは白狼・白鹿を得たが,それ以後遠方の諸侯は周に来朝しなくなったとも伝えられる。また西周最後の王である幽王は失政が多く,それを怨んだ申侯に誘われた犬戎らによって殺され(前771,幽王11),次王の平王は洛邑(洛陽)に遷都したといわれる。その後,犬戎は陝西方面で活躍したと考えられるが,この地方はしだいに西方から発展した秦の勢力下に置かれるようになった。犬戎の名は『春秋左氏伝』『国語』『山海経』『竹書紀年』『穆天子伝』『逸周書』などの文献にのみ見え,その他の文献や甲骨文・金文に見える鬼方・昆夷・などの周辺民族との関係は必ずしも明確でない。