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●原始宗教 げんししゅうきょう

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 原始民族の宗教,すなわち原始民族の超自然観にもとづく信念・儀礼・慣行・職能者・祭祀集団などの複合体の総称。原始民族は未開民族とも呼ばれるので,原始宗教は未開宗教とも呼ばれる。「原始宗教」の語は歴史的な意味における原始,すなわち先史時代の人類の宗教の意味で用いられることもあるが,一般的には社会・文化の発展の程度からみた原始,つまり伝統的に人口・活動地域・社会接触の規模が小さく,無文字で諸技術も単純な,そして社会・文的機能もほとんど未分化であるような集団・民族の宗教の意味で使用される。

【一般的特徴】[1]世界宗教にみられるような創唱者=開祖をもたない。しかし,それは宗教的指導者をもたないという意味ではない。原始宗教においても,とくに宗教的資質・力能に秀でた人物が指導的役割を果たしている。厳密には創唱者がはっきりしないというべきであろう。[2]経典がなく,したがって組織的な教理を欠く。しかし,神霊・霊魂・精霊・死霊・妖怪など,超自然的・霊的存在や力能についてのかなり明白な観念をもち,また宇宙(世界)・人間・動植物その他の起源や運命に関する神話・伝承を有し,これらが教理の意味・役割を担っている。[3]宗教的領域と他の文化諸領域との境界がはっきりしない状態にあり,宗教的行事と経済的活動が重なり合い,祭祀組織と親族・氏族集団あるいは階層組織が同一であり,宗教的指導者と政治的指導者が同一人物であるなどの場合が多い。[4]宗教的指導者は家族・大小出集団・氏族・部族・村落などの特定集団に結びつき,通常その集団だけの宗教的福利・繁栄の保障にのみかかわっていることが少なくない。したがって原始宗教は閉鎖性が強く,伝導性に欠けている。[5]呪術と宗教が入り組んでおり,祭司・呪術師・シャーマン(巫覡)などの役割が未分化である。このような状態は呪術-宗教的(maGico-reliGions)と呼ばれる。

【超自然観】原始宗教の超自然観は二つに大別される。[1]超自然的存在・対象に人格的要素を認めるものと,[2]これに非人格的要素を認めるものとである。この区分は観念内容に関するものであるから絶対的なものではなく,社会的・儀礼的な脈絡によって変差があり,流動的である。人格的要素の基本的なものは霊的存在すなわち霊魂・死霊・精霊である。タイラーによれば,霊魂は人間の身体に宿る生命原理としての霊的存在,死霊は死者の霊的存在,そして精霊は人間以外の諸存在に宿る霊的な存在,すなわち神霊・祖霊・霊鬼・妖精・妖怪などである。しかし原始社会の超自然的・霊的存在が実際にこのように判然と区分されているわけではない。実際にはタイ国のタイ族におけるピー(phi)が精霊・死霊・祖霊・魔女・妖怪などの総称であるように,一つの語によって,当該社会の複数のあるいはすべての霊的存在を意味していることが少なくない。霊的存在の特徴は,その宿り場を自由に離脱し,独立に存在しえて,人間・社会の吉凶禍福に直接関接に影響を与えると信じられている点にある。非人格的要素は一般に呪力・神秘力として把握されていることが多い。メラネシアやポリネシアにおけるマナ(mana)観念はその典型的なものである。マナは神や人間から動植物・自然現象・自然物・人工物に宿り,物から物へと転移しうる。しかし一切の存在が無差別にマナを有するとされるわけではない。人間も他の存在も顕著な力能を示すときマナを有するとされるのである。ある人間の華々しい成功や繁栄は,マナをもつためとされ,かかる人物は首長や王になる資格者であり,その地位を保持しうる。しかし彼が老齢その他の理由により首長に期待された力能を発揮できなくなると,マナの喪失に帰せられ,それは彼の権力や声望の消失を意味する。ある戦士が槍で敵を倒したときには,槍にマナがあったからとされる。

 学説的には超自然的存在・対象に人格的要素を認めるもの,すなわち人格的超自然観をアニミズムと呼ぶ。このように超自然的存在または力能は人格,非人格に区別されうるが,実際には両要素は種々の程度において結合し,重なり合って表れることが多い。死霊・祖霊崇拝,シャーマニズム,ナチュリズム,フェティシズム,トーテミズム,ウィッチクラフト,ソーサリーなどの諸宗教形態は,いずれもこれら二つの超自然観を基盤として成立している。

【宗教的職能者】宗教的職能者の種類と役割については,いろいろな見方があるが,一般に“祭司”,“呪術師”,“シャーマン”に区分されることが多い。民族や社会によりこれら三者が未分化の場合,三者三様に独立して存在する場合などがあり,祭司と呪術師が,呪術師とシャーマンが,さらに祭司とシャーマンが同一人物であることも少なくない。その役割について一般的にいえば,祭司はより人格的な超自然的な存在にかかわり,供犠・祈祷などを行い,より公共的・永続的な役割を果たす。呪術師はより非人格的な存在(呪力)にかかわり,呪力の行使によって現実的・具体的な問題解決をめざし,より個人的・実際的な役割を果たす。シャーマンは直接的に超自然的存在と接触・交通し,超自然界と人間界とを直接媒介する。“呪医”,“治療師”,“卜占師”,“託宣師”,“邪術師”,“妖術師”などと称される人物は,その性格や役割が呪術師,シャーマンのそれと重なり合っていることが少なくない。

【呪術−宗教的生活】原始社会では,生活上のいかなるできごとも超自然存在と関係づけてとらえられることが多い。とくに日常生活に生起する不幸・災害の多くは,その原因を超自然的存在または力と結びつけて解釈し,解決をはかる。ミドルトンによれば,アフリカのルグバラ族では運・不運とくに病気の神秘的原因に関する観念が日常生活のなかで大きな役割を演じている。いろいろな形で人間に影響を与える死霊・妖術者・邪術者・神霊は,ルグバラ族の人生観において重要な意味をもつ。彼らは社会生活の領域と精霊の領域とを区分する。

 前者は人間によって秩序づけられた領域でありその支配下にあるが,後者は人間の秩序を超えており,人間の支配下にない。彼らは人間の領域は変化すべきでないのが理想的と考える。しかし生滅起伏・天変地異その他に従って,人間の秩序は変化する。こうした変化を,彼らは精霊の領域と関係した神秘力の発動の結果であるととらえる。かくしてある病気は死霊のせいにされ,ある災害は悪霊に帰され,ある不幸は妖術・邪術のためとされる。十分な科学技術・医術の知識を欠く社会ほど,いろいろな状態・現象を霊化・呪力化して把握しようとする傾向をもつが,ただ無差別にそうするわけではない。その社会の知的認識や技術の程度に応じて対処の枠組みを設定しているのである。デュベによれば,南インドのヒンドゥー教徒は,医者による治療が必要な病気と,医療を施すとともに超自然的存在に対する慰撫・祈願が行われるべき病気と,医療は一切退けられ,神々への崇拝のみが唯一の対処法と考える病気とを区分しているという。

【原始宗教の展開】原始宗教は原始(未開)民族の宗教と規定されるが,このことは原始宗教が文明社会・高文化民族とは無縁の存在であることを意味するものではない。現代の文明諸民族に伝承されている民族(土着)宗教的諸要素には,原始宗教に共通する性格・機能が少なからず見られるからである。日本をはじめアジアの仏教国の場合についてみても,民衆レベルの宗教生活・行動にはアニミズム的・アニマティズム的・シャーマニズム的要素の顕著な展開がある。わが国におけるイタコやゴミソ・ユタなど民間シャーマンによる死霊や怨霊の呼びだし,狐憑・犬神憑・生霊憑など各種憑物習俗,タタリ・サワリをめぐる多様な慣行・護符・卜占・予言・信仰治療の盛行などの現象には,霊的存在,呪力・神秘力をめぐる観念と行動が根強く交錯している。多くの原始民族が文明の圧倒的影響下にあって,変容の速度を高めている現在,純粋な形での原始宗教に触れることは困難になってきている。世界宗教や民族宗教の基層部を形成している原始宗教的諸要素をめぐる問題が,今後ますます重要視されることになろう。