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●元嘉の治 げんかのち

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 中国,南宋朝の第三代文帝の元嘉時代(424〜453)の比較的長期に安定した治世30年間をさす。文帝は性来寛仁の君主といわれ,文治を旨とし,王弘・王華・王曇首・殷仲堪らの名族を要職に任じ,貴族尊重の政治を行ったので〈凡そ百戸の郷・有市の邑は歌謡舞踏し,觸処群を成す。蓋し宋世の極盛なり〉といわれた。梁の武帝時代とともに南朝文化の頂点をなすものである。文帝は30年(元嘉7)銭署法をたて四銖銭を鋳造して貨幣経済を復興し,438年(元嘉15)には玄学(何尚之),史学(何承天),儒学(雷次宗)文学(謝元)の四学館を設立して,玄儒文史にわたる貴族文化を振興させた。この時期の文人貴族には顔延之謝霊運がおり,陶淵明(陶潜)も田園詩人として名高い。建康を中心に栄えた玄談仏教・伽藍仏教も元嘉時代の貴族文化であるが,有名な元嘉暦もこの時代のものである。元嘉時代には吐谷渾,河西王および日本と通交があったが,北征に失敗し,450年(元嘉27)北魏の太武帝の侵入を受けた。文帝は在位30年にして,その子劉劭らに殺された。