●建安七子 けんあんしちし
アジア 中華人民共和国 AD
中国,後漢末建安年間(196〜220)に活躍した七人の文人。ギョウ※注1※下の七子ともいう。七子の名は曹丕が『典論』中で〈斯の七子は〉と述べたことに由来し,孔融(153〜208),陳琳(ちんりん,?〜217),王粲(おうさん,177〜217),徐幹(170〜217),ゲンウ※注2※(?〜212),オウトウ※注3※(?〜217),リュウテイ※注4※(?〜217)の七人をいう。魏の都のギョウ※注1※(河北省リンショウ※注5※県)に集まり,当時一流の詩人でもあった曹操とその子の曹丕(ひ)・曹植を中心に文壇を形成し,いわゆる建安文学をうちたてた。従来の辞賦に代わって詩,とくに五言詩を発展させて楽府(がふ)と呼ばれる民謡の調べを知識人の文学形式に高め,儒家的な型にはまらない自由清新な格調を与え,文学の叙情化に大きな役割を果たした。戦乱の悲惨,征夫思婦の情,遊宴の楽しさを詠い,慷慨の情を吐露した詩が多く,その背後には短命を嘆く無常観が流れている。
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