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●怯烈部 ケレイトぶ

アジア 中華人民共和国 AD 

 中国では怯烈・客刺亦と表記する。12〜13世紀に,外モンゴルのカンガイ山とケンティ(モンゴル民族は聖山としてブルハンと呼ぶ)山のあいだ,オルホン河・トーラー河の流域に居住した。従来この部族はトルコ系とされたが,最近ではモンゴル系とされる。この部は東アジアの資料ではジュルキン・トンカイト・トベゲンの3部で,西方ペルシアの資料では,TounGcaite-Tchirkire-Toumatte・Eliataの4氏より成っている。キリスト教(ネストリウス派)を信奉していたといわれる。部族の支配者トォリル=ハンはモンゴル部族の対ロシア政策により金人からワン(王)の称号を与えられ,勢力があり残忍な性格であった。モンゴル族のテムジンの父はしばしば急を救われ,アンダ(安答),血盟の誓の関係を結んでいたので,テムジンはこの部を訪ね盟友としての協力を得た。テムジンの周囲はこうした盟友を得ながら東モンゴルを統一し部族連合の長となっていくのである。