●ケレンスキー
NIS諸国 ロシア連邦 AD1881 ロシア帝国
1881〜1970 ロシア革命期の政治家・弁護士。シビルスク県生まれ,ペテルブルク大学卒,1912年以降,社会革命党右派代議士。ロシアの三月革命(いわゆる二月革命)でロマノフ王朝に代わり,ドゥーマを基礎として自由主義派議員によって形成された臨時政府で法相次いで陸相,さらに首相となったが十一月革命(十月革命)で失脚。社会革命党はナロードニキの流れをくみ,専制打倒と土地革命を主張した。革命後は臨時政府内で,言論出版の自由・ストライキ権・普通選挙・土地改革など市民的改革を約したが,戦争継続を主張。レーニンの率いるボリシェヴィキと対立。首相時代の臨時政府は,[1]挙国一致,[2]中央権力強化,[3]社会秩序の回復を訴え,当時の混乱の禍根は社会主義導入要求にありとした。コルニーロフ反乱はボリシェヴィキの協力で鎮定したものの,やがてボリシェイヴィキ派のソヴィエト権力と対立,十一月革命で女装して冬宮脱出,アメリカに亡命,死去。
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