●ケル=メフメトの乱 ケル=メフメトのらん
AD1829
1829年9月,西アナトリアに発生したゼイベキによる反乱。オスマン帝国のスルタン,マフムト2世が改革政治の一環として中央集権化政策を行い,これに伴って地方交通通信機構の整備がなされ,人口移動・郵便の管理が国家によって統制されることになった。このため,それまで交通の要衝にあったキャラバンサライにおいて,道案内・護衛・コーヒー店の経営など,交通事業で生活をしていたゼイベキが活動を禁止された。このため,エーゲ海岸の港市イズミルからアナトリアへのキャラバンルートにあたるアイドゥン州のゼイベキたちが,羊飼出身のケル=メフメトに指導され蜂起し,1830年初頭にはアイトゥン州に自治政府を樹立するほど強力となった。反乱は,中央政府ではなく同地方の豪族であるカラオスマン家の軍勢によって,同年6月鎮圧された。オスマン帝国の中央集権化の過程における在地勢力の不満の表れであったが,その後中央集権化は進行していった。