●ケラー
ヨーロッパ スイス連邦 AD1819
1819〜90 19世紀スイスの代表的小説家。チューリヒの職人の家に生まれ,スイスの都市庶民階層の明るい現世肯定と,きびしい現実に対するユーモアの精神ならびに自由な空想力は,彼の文学作品の基調をなしている。とはいえ青年期は貧困のため惨憺たる生活を送り,風景画家を志してミュンヘンに出たが,ここでも惨めな挫折を味わった。そのように現実との相剋に苦しむケラーは,再びチューリヒに戻ってから革命運動に共鳴して,闘争的な自由主義の詩を書いたりした。さらにまた,彼の自伝的要素の濃厚な長編小説『緑のハインリヒ(1855)』第1稿は,主人公の自殺という悲劇的結末に終わっている。しかし,その後ケラーはドイツに新たな教養指針を求め,奨学金を得てハイデルベルク,ついでベルリンで学んだが,ハイデルベルクでフォイエルバツハの楽観主義的な現実信奉の哲学に接したことが,彼にいっさいの主観的夢想を去ってこの世の現実へむかう決定的な転換をもたらした。それとともに,詩的空想と人道的倫理性の調和したゲーテへむかう道も彼に開示されたのである。1861年以降はチューリヒ州の1等書記官として公務に精励,かたわら短篇を発表して文名をあげ,1876年に退職したのちは本格的に創作活動に従事した。『緑のハインリヒ』第2稿(1880)は前作を根本的に改めて,主人公は情熱を断念して慎しく共同体への奉仕に生きることになり,ゲーテに由来するドイツ教養小説の伝統を正しく受け継ぐ作品となった。しかしケラーの本領は長編よりも短編においてよりよく発揮されたといえ,とくに一定のテーマのものに多種多様な小品を並べて語る手腕は彼独特のものである。『ゼルトヴィラの人びと』(1856,1874)は,田舎町の俗物的人間関係を,『チューリヒ短編集』(1878)は,故郷の市の歴史と風俗を,また『七つの聖譚』(1872)は,中世の聖女の人間味を,さまざまの例話で示す物語集であるが,いずれも愛と風刺,ユーモアと悲哀の混在した人生の事象を活写している。『寓詩』(1881)は,本筋のなかにいくつかの短編をはめ込んだ枠物語で,男女の出合いのテーマがこもごもに語られて美しい円熟期の傑作である。これに反して社会批判を志した長編『マルティン=ザランダー』(1886)は,ついに完成をみずに終わった。ケラーは単純な事例を語って地上の生を詩的に変容させる絶妙の才により,後代の物語文学に多大の影響を与えた。
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