●ケベック条令 ケベックじょうれい
ヨーロッパ 英国 AD1774 ハノーヴァー・ウィンザー朝
1774年6月22日イギリス議会が制定した法律。フレンチ=インディアン戦争後のパリ条約(1763)でイギリス領となったケベック地方の行政を国王の代官(ヴァイセロイ)にゆだね,カトリックの信仰,フランス領時代の独自の法律・政治制度の復活を認めた。またケベックの範囲をひろげ,南はオハイオ川,北はイリノイ,西はミシシッピ川までとした。この法律は,ケベック地方をイギリス領北アメリカ植民地の一州に編入するための現実的措置であったが,アメリカ植民地人にとっては,代議制議会のない専制的王領植民地を隣接した所につくって彼らを威嚇するものであり,また当時しだいに行われていた植民地人の西方への発展を阻止するものであった。そのため,1774年の春から夏にかけて制定された四つのいわゆる“強制的諸法”とならぶ第5の強制法とみなされ,この法律に対する反感は独立革命への気運を促す一つの契機となった。