●羯 けつ
アジア モンゴル国 AD
匈奴(きょうど)族の一種。前3世紀末からおよそ500年間,モンゴル高原を中心に匈奴と呼ばれる遊牧騎馬民族がいた。戦国時代の中国にたびたび侵入し,秦の始皇帝は,そのために万里の長城をつくった。前3世紀末に国家を形成し漢も親和政策をとらざるをえなかったが,前54年に東西に分裂,48年には南北に分裂し,北匈奴は後漢に討たれて西走し,南匈奴は2〜3世紀ごろ以降,中国山西省北部に入居した。その種族は19に及ぶといわれる。そのうち当時羯室と呼ばれていた土地に住みついた匈奴を晋人が羯と呼んだ。人種はインド=ヨーロッパ系と推測される。羯とは去勢された羊の意で,蔑称である。五胡十六国時代に中国北部に後趙政権(319〜350)を樹立した石勒(せきろく,274〜333)と兵士たちの多くは羯人であった。以後しだいに漢民族に同化していくが,当時,匈奴人一般もまた匈羯とか羯賊とかといった侮蔑的な名称でもって中国人から呼ばれていた。