●形勢戸 けいせいこ
アジア 中華人民共和国 AD
中国宋代の地方豪族・大土地所有者をいう。宋代の官僚は多く形勢戸からでたので,形勢官戸とも総称された。成り上がり者の意味があるとされる形勢の語は唐初にすでにみられるが,唐末五代のころより重要な意味をもつようになった。五代を統一して宋が建国されると文治主義のもとに文人官僚の時代が訪れたが,形勢戸は官僚の母胎として,こうした変動と大きな関係をもっていた。宋初には“形勢版簿”に記録され租税を徴収されたが,南宋代になっても「形勢の家」と朱書されて一般農民と区別されていた。形勢戸は大土地の占有をはかり,一般農民のみならず官田(政府の田)をもさかんに獲得して土地拡大をはかった。とくに揚子江下流域の江南一帯でこの傾向が顕著で,開発の進展とともにその力を利用して大規模な囲田やウデン※注1※と呼ばれる水利田を構築し,一般農民を圧迫した。宋はこれら形勢戸を抑えるために方田均税法や経界法を行ったが,成果を充分にあげ得なかった。これは宋代の官僚が多く形勢戸を母胎としていたこと,形勢戸が数代にわたって地方に勢力をはっていたことなどにも一因がある。〔参考文献〕周藤吉之『宋代官僚制と大土地所有』社会構成史大糸・巻8,1950
![]()