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●経済協力 けいざいきょうりょく

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 いわゆる経済協力は,発展途上国に対する先進諸国の経済的援助という現代的意味をもっている。第二次世界大戦後,旧植民地諸国はあいついで政治的独立を達成したが,経済的基盤は脆弱であった。植民地時代につくり上げられた一次産品に依存するモノカルチュア的産業構造は,戦後の世界貿易競争のなかではきわめて不利で,石油産出国以外の発展途上国の大多数は,収入の不足と不安定に陥らざるをえなかった。そこで各国とも不利な自然的条件と資本・技術・人材の不足のなかで経済的自立をはかるべく,資源開発を進める一方,工業化による経済開発をめざした国も多かった。こうして戦後の世界貿易の急速な伸びのなかで発展途上諸国の占める割合は1970年(昭和45)の17.6%から1980年の26.8%へと大幅に上昇した。これは南北間の相互依存関係が一段と深まり,発展途上国が世界経済にますます組み込まれ,世界経済に与える影響力が強まってきたことを意味する。にもかかわらず,発展途上国の経済状態はかえって悪化の傾向さえ示しつつある。1980年の産油国以外の発展途上国1人当たりのGNPは850ドルで,先進諸国の平均の12分の1にすぎない。貿易収支の赤字は1980年には1,000億ドルを超え,累積債務は約3,700億ドルに達している。国民生活の貧困化が限界に近づきつつある国も多い。これは先進諸国にとっても,経済的繁栄はもちろん,経済的安全にとっても放置を許さない問題である。経済的援助が経済協力として理解されねばならない理由である。とくに発展途上国に資源の多くを依存しつつ巨大なGNPを生産し,高い生活水準を維持しえている日本にとって経済協力の必要は大きい。

【経済協力のルート】今日,経済協力は3つのルートを通じて行われている。一つは国際機構を通じてである。戦後多くの国際機構がつくられたが,その多くは直接・間接に経済協力を任務とするものである。たとえばIMFは短期資金の供与によって,GATTは関税率の全面的引き下げによって経済協力の役割を果たしている。しかし経済協力を独自の目的とした組織もつくられている。国際復興開発銀行(IBRD,通称世界銀行)は1944年,IMFの姉妹機関として,世界各国の復興と未開発地域の開発のための長期資金の融資を目的として設立された,戦後最初の経済協力専門の銀行である。この銀行は厳しい採算基準に従った融資政策をとったために,先進諸国の経済復興には成果を収めたが,肝心の発展途上国の開発のための融資には効果をあげえなかった。そのため世界銀行は1960年発展途上国に対して特別に長期低利の資金供給機関として,国際開発協会(IDA,通称第2世銀)を設立し,またそれに先立って1956年には発展途上国の主として民間企業への投融資を促進する機関として国際金融公社(IFC)を設立した。これら三つの世銀関連機関だけで年間百億ドルを超える融資を行っている。発展途上国への融資機関にはほかに,米州開発銀行アジア開発銀行・アフリカ開発基金がある。また発展途上国への経済協力の調整や開発計画の指導,技術援助などの組織として経済協力開発機構(OECD)に開発援助委員会(DAC)が設置され,国連には国連開発計画(UNDP),国連貿易開発会議(UNCTAD),国連工業開発機関(UNIDO),国連アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP),そのほか多くの機関が設けられている。第2のルートは各国政府間で行われる経済協力で,政府による国際機関に対する出資を含めて政府開発援助(ODA)と呼ばれている。日本の場合,実施額は1980年には約33億ドルになり,アメリカ・フランス・西ドイツについでいる。これは発展途上国の公共事業・農林漁業・鉱工業など産業開発と保健・教育など福祉事業への直接援助に向けられている。第3のルートとして,民間企業間で行われる投資・融資があり,日本の場合にも近年は年間数十億ドルにのぼっているが,経済情勢の変化に応じて変動が激しい。また貿易を通じる経済協力の役割にも大きなものがある。

〔参考文献〕通商産業省編『経済協力の現状と問題点』各年,大蔵省印刷局