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●経済学説史 けいざいがくせつし

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 経済現象に関する理論的・実証的分析と政策的判断および歴史的認識の体系である経済学の展開過程を,歴史論理的に把握しようとする学問が経済学史である。そして経済理論が多分に仮説的である経済“学説”として提唱され,実践志向に立脚した“政治経済学”として誕生し,倫理・道徳・哲学と密接にかかわる経済思想としての一面を保ちつつ発展してきたため,経済学史は経済学説史でもあり,また経済思想史でもある。

【経済学説史の方法】経済学説史の方法には3つの類型がある。第1は過去の代表的な経済学説を内容に即して学派別に整埋し,これを年代順に並べて記述する方法で,代表的なものはジードとリストの『経済学説史』である。第2は経済学の歴史を唯一の真理の経済理論への道程として解釈し,過去の諸説をこの唯一の理論からの距離によって評価しようとする方法で,シュンペーターの『学説並びに方法の諸段階』はその代表例といえよう。論理主義的方法であり,歴史は真理の展開過程であるという歴史観に通じるものといえよう。第3の方法は理論の発展と現実の展開との有機的関連を主張する立場で,それぞれの経済学説をそれが生いたった経済社会の歴史的現実から解釈・評価しようとするもので,ドイツ歴史学派に代表される方法である。この方法は経済学に論理的自律性を認めず,歴史科学の一分野とみなす傾向に陥る。

【経済学説史の展開】[1]重商主義:経済が社会的に固有の認識対象として登場したのは重商主義からといわれている。15世紀後半ごろ,ヨーロッパ絶対主義国家にとって,“富”が権力の象徴および手段として最大の関心事となった。そして富とは金銀貨幣のこととされたため,“重金主義”とも呼ばれた。そして富の獲得は貿易差額によってのみ可能であると考えられたので,このような思想を重商主義と名づける。この背景には絶対王政と着々と経済的実力を蓄わえてきた独占的貿易商人の結合がある。重商主義は,のちには生産の重要性も認めて産業保護を主張する“議会的重商主義”へと展開していった。

 [2]重農主義:18世紀後半ごろ,富は貿易によってではなく農業によってのみ生み出されるという考え方が現れた。この考え方を“重農主義”と名づけたが,それはこの考えが自然法の思想,自然的秩序の信念と密接な関係にあるためである。重農主義を農業による余剰価値の創出−分配−社会的再生産の理論体系に構成したのがケネーの『経済表』である。重農主義理論は資本主義的経済の最初の体系的把握として,経済学の自立への道を開いたものといえる。

 [3]古典学派:産業革命を契機として本格化した資本主義すなわち産業資本主義の理論的・思想的表出として自らを確立したのが,スミスを創始者とし,リカードを完成者とする狭義の古典派経済学である。スミスは国家の干渉に反対して重商主義を批判し,経済的自由主義を主張した。スミスの理論の要点は,[A]諸国民の富とは貨幣に非ずして労働生産物である,[B]富は分業と貯蓄によって準備される資本蓄積によってのみ増大する,[C]市民社会と自由市場における商品交換のメカニズムにおいては,“神の見えざる手による導き”によって個人の私的利益の追求がおのずから社会的利益を結果する(“予定調和”)ということであるが,さらに[D]商品の価格を定めるべき価値に関して,“労働価値説”を提唱してのちの経済学に新たな視野を開いた。リカードはスミスの理論を資本家・労働者・地主の3階級分配論に拡張してこれを再構築し,労働価値説を“投下労働価値説”に純化した。古典派理論はミルとマルクスによって異なる方向に再編成されることになったが,市場経済に関する包括的理論としてその内容の多くは今日の主流的経済学に受け継がれている。

 [4]歴史学派:経済学を普遍的理論としてでなく,各国の歴史的段階や民族的伝統の上に成り立つ政策論として築き上げることをめざしたもので,リストやシュモラーによって後進資本主義国の利益を擁護する理論として提唱された。

 [5]社会主義:資本主義の諸矛盾が顕著に現れはじめた19世紀中葉を時代的背景にして,[A]リカードを媒介とした古典派理論の継承,[B]ヘーゲル哲学の批判的摂取と,[C]フランスの民主主義思想の3者の結合のうえに,マルクスとエンゲルスによって築き上げられた経済理論であり,社会思想であり,歴史理論であり,革命実践への戦略論でもある。マルクスの主著『資本論』では,[A]投下労働価値説にもとづいて剰余価値の理論と“労働疎外”を説き,[B]『再生産表式』を提示して,資本の“有機的構成”の高度化に伴う利潤率の低下と蓄積の停滞,失業と恐慌の必然性を論証し,[C]資本主義の没落の必然性を予言し社会主義のヴィジョンを提示して,“科学的社会主義”を説いた。社会主義理論は,レーニンや毛沢東による多様な変貌を遂げつつ社会主義社会建設の指導的理論としての役割を果たした。

 [6]近代経済学:1870年代オーストリアのメンガー,イギリスのジェヴォンズ,スイスのワルラスによって同時に,個人の主観的効用を原点にすえ,限界効用の原理によって市場経済の論理を組みなおす作業が成し遂げられた。学説史上これを“限界革命”と呼んでいる。その後この限界原理にもとづいて経済主体の行動原理,価格や市場の機構,分配の法則,資本蓄積の仕組みなど微視的経済現象に関する統一的理論が構築された。そして1930年代にケインズによって,国民所得・雇用・経済変動など巨視的経済現象に関する分析の道が開かれた。これらの理論を総称して広く近代経済学というが,この微視的理論と巨視的理論は“新古典派総合”によって統一され,今日の主流経済学となっている。

〔参考文献〕J.シュンペーター,東畑精一訳『経済分折の歴史』1954,岩渡書店

E.ハイマン,喜多村浩訳『経済学論史』1950,東洋経済新報社