●経国大典 けいこくたいてん
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李朝時代に政治の基準になった法典。世祖のとき,崔恒・盧思愼らに命じて,1460年(世祖6)に戸典を,1461年(世祖7)に刑典を,1469年(睿宗1)に残りの4典を撰進することをもって完成。さらに,1470年(成宗1)・71年(成宗2)・74年(成宗5)・85年(成宗16)の改訂・校正をへて完成。国政の全分野にわたる教旨・条例を集めた法典としては,太祖末年に制定された経済六典があったが,その後,政治機構の整備・発展に伴い,不足した点が生まれるようになって,大宗のときに続六典がつくられた。以後,官制・田制・税制・兵制などの改革で,そのときまでに生まれていた法典は不便になったのみならず,矛盾まで生まれ,諸法を整理・改撰し,万世の成法をつくり,ながいあいだ尽力して難産を繰り返したのちに李朝一代永世不変の大典となった。〔参考文献〕内藤吉之助「経国大典の難産」『朝鮮社会法制史研究』京城帝大論集9,1937