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●慶安事件 けいあんじけん

アジア 日本 AD1651 江戸時代

 1651年(慶安4)7月,由井正雪丸橋忠弥らが主謀者となり幕府転覆の陰謀を計画した事件。1600年(慶長5),関ヶ原の戦いの後,大名統制の強化により改易・減封が多く巷に浪人が増加した。さらに寛永期には大名が譜代家臣を扶養するため,新参家臣の召放を行ったため,多くの浪人が仕官の途を絶たれることになった。軍学者由井正雪はこうした牢人の不満を背後に丸橋忠弥・金井半兵衛・熊谷三郎兵衛らとはかり,3代将軍家光死後の世情不安を好機とみなし,江戸と駿府・京都・大坂で騒動をおこし,その混乱に乗じて幕府転覆を計画した。しかし,事前に発覚し忠弥は捕えられ,正雪は自殺した。この事件後,幕府は牢人対策に乗り出し大名の末期養子の禁を解き,改易を緩和するなど浪人発生の防止策をはかるようになった。正雪の遺書には大老酒井忠勝の政治を弾劾するため決起したとあるが,幕閣が家光死後の政権不安定を乗り切るため,あえてこの事件を誇張的に宣伝したともいわれている。

〔参考文献〕進士慶幹『由井正雪』1961,吉川弘文館