●郡司 ぐんじ
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律令制における国の下級地方行政組織であった郡の官人の総称。大領・少領・主政・主張の四等官よりなるが,狭義には大領・少領(郡領ともいう)をさす。大化改新後設置され,大宝令施行までは評造,評督などと書かれた。このころの評は大中小の3等に分けた。郡司は現地の人物を採用する。任限は終身である,職分田の支給面積の広いことなどで国司との違いがきわ立っている。職掌は百姓を撫育し,部内を糺察(『続日本紀』)するとされた。徴税と勧農は郡司の行政の中心をなし,律令支配機構の末瑞として直接民政の衝にあたった。その詮衡・考課・解任などの面で国司の支配,監督を受け,子弟を兵衛に,姉妹采女を朱女に貢進するにも国司の選定権があった。律令制の弛緩と動揺に伴い,農民と一体となって郡司が国司に対抗する尾張国郡司百姓等解文の例もあり,僧籍に入るにしても郡司の密かな支援抜きにはなしえなかった。地方官的性格はしだいに薄れていった。