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●郡国制 ぐんこくせい

アジア 中華人民共和国 AD 

 中国,漢代の地方行政制度で,郡県制と封建制度を併用した制度。漢の高祖は,全国統一を実現すると,郡国制を採用して,秦の郡県制を受け継ぐ一方で,諸侯王と列侯(はじめ徹侯という)の2等を爵制の上位に置いた。諸侯王には,異姓の功臣および同姓の者をあて,王国は郡を単位に設置し,侯国は県または県の一部を封邑とした。この制度を採用した原因としては,秦の郡県制の欠点を改めて,漢朝を擁護する一族を要地に配置しようとしたことと,功臣を優遇する必要があったことなどによる。首都長安および西北には郡県を,関中以東から南方には一族功臣を分封した。しかし,諸侯王が実力をもつことを恐れた高祖は,末年までに異姓諸侯のほとんどをとりつぶした。のち,文帝・景帝は一族の諸侯王も圧迫し,これに反抗した諸侯王が呉楚七国の乱をおこした。この乱の平定後,王国の権力は削減され,さらに,武帝のときには,推恩の令などによって王国の権力が削減されたり,国がのぞかれたりしたので,郡国制とは名目にすぎなくなり,実質は郡県制と変わるところがないようになった。