●クロンシュタットの反乱 クロンシュタットのはんらん
AD1921
1921年3月,バルト海に臨むクロンシュタット海軍基地でおこった反ソヴィエト政権の反乱。レーニンの新経済政策施行をいっそう深く決意させた事件とされる。1921年3月1日,クロンシュタット軍港で水兵らが集会を開き,無政府主義者と左翼社会革命党員をソヴィエトに加入させよと決議,翌2日彼らは革命軍事委員会を組織,同市のソヴィエト政権を打倒,全市を支配して,ソヴィエト政府の選挙法と国内破壊の罪を責め,“共産主義者なきソヴィエト”のスローガンを掲げた。この反乱はトロツキー指揮下の赤軍によって数日後鎮圧され数千人が射殺された。反乱の原因は,ソヴィエト政権の余剰穀物徴発制そのほか共産主義体制に対する民衆の不満にあった。反乱は3月18目完全に終息するが,同月8日〜16日の第10回党大会において,新経済政策への移行が決定され,余剰穀物徴発制は廃止された。