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●鍬 くわ

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 畑作などに古来から使用された農耕具。新石器時代の東南アジアや中国に石製の鍬があったが,日本では弥生式時代に湿田耕作のために使われた。このときの鍬は木製であるが,前代の繩文式時代に使用された打製石斧を鍬とする解釈もある。いずれにしろ歴史はきわめて古く,その種類も多い。出土された弥生前期の木製の鍬には,刃床部が四つに分かれているものもあり,今日では鋤(すき)と呼ばれるものである。このような農具は弥生時代から古墳時代にかけて日本各地にひろまり,日常の農作業に使用されたのであろう。木鍬の場合は,傷みもはげしく,硬度もおちることから,やがて鉄製の刃先を刃床部の先端につけるようになる。やがて武士のかぶる兜(かぶと)の眉庇(まなびさし)からつき出した2本の角を鍬形(くわがた)と呼ぶようになるが,これは,この古代の鍬の刃先の鉄の刃の形からきているともいわれるし,慈姑(くわい)の形に似ていることからきたという二つの説がある。この古代の鍬の形は,今日の風呂鍬(ふろぐわ)の風呂として残存している。先に述べたように,鍬と鋤はしばらくのあいだ混同されて呼ばれていたが,平安時代初期にははっきりと区別され,刃床部の平板なのを鍬,いく本かの刃に分かれているのを鋤と称すようになった。農業の発展とともに鍬は,ただ田畑を耕すためだけでなく,中耕・除草・作畦などの各種の作業に欠かせぬものとなる。その各部の名称は,手に握る棒状の部分を「柄(え)」といい,木製の刃床部の部分を「風呂(ふろ)」,柄をさしこむ風呂の穴を「柄壺(えつぼ)」,柄がぐらつかないように柄壺に刺しこむ木片を「くさび」と呼ぶ。柄と刃床部は必ず鋭角になり,この角度を「柄角(えかく)」という。刃床部の先端は「鍬先(くわさき)」と呼ぶ。風呂のあるなしで鍬は2種に分けられ,「風呂鍬」と「金鍬(かなぐわ)」となる。

【用途と種類】鍬はまた用途によって,「打ち鍬」「引き鍬」「打引鍬」の3種に大別される。「打ち鍬」は,耕起や土工・開墾に用いられ,全体として重くて堅固にできている。刃床部が長方形をした「唐鍬(からぐわ)」,末ひろがりになった「開墾鍬」,バチの形をした「ばち鍬」,さらに「つるはし」がこの種類である。「引き鍬」は,中耕除草や土よせ,溝さらえなどに使い,柄は比較的に長く軽めになっているが刃の幅は大きいままで重量を減らそうとするため刃床部は末ひろがりの3角形に近くなっている。打ち鍬と同じように用途によってさらに細かく分かれるが,真上からみた刃床部が台形をなしている「さらえ鍬」,開いた扇子に似た形の「草削り鍬(くさけずりぐわ)」,その扇子の中央に窓をあけて軽くした「日暮草削鍬(ひぐれくさけずりぐわ)」,それがもっと極端になってハンガーの形に近くなった「草かきホー」などに分かれる。「打引き鍬」は,土を打つためと,引き寄せるための両方の機能を生かしたもので,打ち鍬引き鍬の中間にある。この鍬では軽さとともに強さも要求されている。刃床部が長方形なさきの唐鍬の中央に,一つないし二つの穴をうがった「窓鍬(まどぐわ)」,その二つの窓の下の棧がとれてしまうと3本の刃に分かれるが,ただ刃先部分だけをやや広めに残した「三本備中鍬(さんぼんびっちゅうぐわ)」と,刃先のひろがりをとってしまい,同じ太さの3本の刃からなる,ばちなしの三本備中鍬などが区分けできる。さらに3本の刃が全体としても細くなり,先端が釘状にとがった「熊手鍬(くまでぐわ)」がある。これがさらに極端になると,刃の数が4本ないし5本と増え,いわゆる「馬鍬(まぐわ)」になる。以上,刃床部の構造のみに注目してきたが,柄と刃床部との角度(柄角)も用途において異なり,打ち鍬は柄角60度以上で,引き鍬は30〜40度くらいと柄角は狭くなる。鍬はそれぞれの地方によって独自な発達を遂げてきたことから,以上に述べた種類のほかにも,「京鍬」「河内鍬」などさまざまである。

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