●黒百合姫 くろゆりひめ
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中世末期以来湯殿山の山伏が語り伝えた祭文の女主人公。この祭文は矢島五郎と娘の小百合姫の霊を鎮(しず)めるためのもので,『矢島の祭文』とも呼ばれ,『矢島十二頭記』とも関係がある。平泉の藤原秀衡の滅亡後,その妹の万徳御前は娘の香澄姫を伴い,鳥海山に上って女別当の宮をつくり龍宮の巫女となった。別当職が孫の玉百合御前に嗣がれたとき,矢島十二党の旗頭・矢島の大江義満が女別当のもとに来り,後嗣を得るために姫を娶(めと)り,姫の家筋の安倍姓を名乗った。その子安倍五郎満安は武勇をもって鳴り,敵の攻撃をことごとく退けたが,ついに十一党の奸計に陥り,小野寺の城で自決した。満安の子小百合は矢島陥落のとき脱走し,最上の大守のもとで育てられた。彼女は16歳のときあげはの蝶と契り,緑丸を懐妊したが,やがて自分の生いたちを知り,怨みを晴らすべく鳥海山で武芸を修練する。家の再興を山百合の花に占い,黒く咲けと言うと黒百合が咲いた。そこで仁賀保城を攻め落したが降った城主はあげはの蝶であった。姫は緑丸を渡し,自らは矢島の庵に隠棲したという。この話はもと山伏によって,鳥海山麓の矢島の地で守られ,伝承せられていたものであろう。〔参考文献〕柳田国男「黒百合姫物語の祭文」『物語と語り物』1946(『定本柳田國男集』7)