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●グロチウス

ヨーロッパ オランダ王国 AD1583 

 1583〜1645 オランダの法学者。オランダ名フロート。デルフト市に生まれた。父はデルフト市長・ライデン大学理事などを歴任,学者でもあった。8歳でラテン詩をつくり,11歳でライデン大学入学,14歳で卒業という,いわゆる神童であった。1598年15歳でオランダ使節団の随員としてフランスの宮廷に赴き,その才能は“オランダの奇跡”としてアンリ4世を驚かせた。16歳で弁護土を開業,1607年以降政治・外交の実際に参画したが,アルミニウス派神学論争に端を発する政治紛争にまきこまれ,1618年終身禁固の刑で投獄された。1621年妻と友人の協力で劇的な脱出に成功,パリに亡命,フランス王の保護をうけた。ここで1625年有名な『戦争と平和の法』を完成,出版した。その後数年のオランダ・ドイツの流浪生活をへて,1634年パリ駐在のスウェーデン大使に任命され,1645年までその地位にあった。この間,文学・神学など学問研究と教会統一に熱中したが,外交官としての実績はあがらず,1645年解任,ストックホルムに召還された。同年8月スウェーデンを去り,リューベックにむかう途中,客死した。彼の研究・著作は文学・神学・法学など多方面にわたるが,とくに『海上捕獲法論』(1604〜05)・『海洋自由論』(1605),前記の『戦争と平和の法』など法学の分野で“近代自然法の父”“国際法の祖”として後世の高い評価を得た。