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●クローチェ

ヨーロッパ イタリア共和国 AD1866 イタリア王国

 1866〜1952 イタリアの思想家・歴史家。その研究著作活動は哲学・美学・文学・歴史学と多岐にわたり,20世紀イタリアを代表する思想家として全ヨーロッパに大きな影響を与えた。大ブルジョワジーの家に生まれ,ローマ大学卒業後ナポリで研究活動をつづけるが,終生大学等に職を求めず,いわば在野の立場を貫いた。19世紀の実証主義批判から出発し,マルクス・ヘーゲル・ヴィーコ・マキァヴェリなどの研究を通して,自らの学問的枠組をつくりあげた。彼は一貫して自由主義の立場から研究著作活動と政治活動にかかわる。歴史学においては,倫理的価値を実現する課題を担う政治階級の歴史を中心に据えた倫理=政治史の方法論を提唱し,『ナポリ王国史』(1925)・『イタリア史1871〜1915』(1928)を著した。また1903年には,雑誌「批評」を創刊し,これ以後長期間にわたってイタリアの知的世界の中心の一つとして君臨する。現実政治の面では,1920年に第9次ジョリッティ内閣の文相になったことを除けば戦前には目立った活動は少ない。しかしファシズムの台頭にあたって,第一次世界大戦後のイタリアでの左翼勢力の伸長による社会秩序の混乱を抑えるものとしてこれを支持した。その後,ファシズムが政治権力を獲得し,権威主義的な体制づくりを進めるにいたって,彼は「反ファシズム知識人宣言」(1925)を起草し,自由主義的価値を擁護して反ファシズムの立場を明らかにした。国際的な彼の名声は,ファシズム体制下においても亡命することもなく,それ以前と同様の研究著作活動を可能にした。レジスタンス期から戦後にかけては自由主義党派のリーダーの一人となったが,そこで彼の主張は反社会主義・反民主主義・反教権主義であった。このことからも示されているように,クローチェの称揚する自由主義とは19世紀的な自由主義であり,保守的自由主義であった。上にあげた著作のほかに『美学』(1902)・『論理学』(1905)などがある。