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●黒田清輝 くろだきよてる

アジア 日本 AD1866 江戸時代

 1866〜1924(慶応2〜大正13)洋画家。鹿児島生まれ。1984年(明治17)法律修学のためフランスに留学するが,山本芳翠らに勧められ描画に転じ,アカデミー=コラロッシにてラファエル=コランに学ぶ。1893年アメリカ経由で帰国。翌年天真道場を設けフランス式教育を行う。1895年内国勧業博覧会に滞欧作『朝妝(ちょうしょう)』を出品,妙技2等賞(最高級の賞)を受けたが,裸体画であることが,まだこの時代では風紀上の問題として騒がれた。一時参加していた明治美術会を脱して1896年白馬会を結成,また同年東京美術学校に新設した西洋画科の講師となり,のち主任教授となる。このようにして,印象派に近い過渡的外光派の画法を伝え教えたが,その画風は新派・紫派と呼ばれ,従来の旧派・脂(やに)派に対置された。『湖畔』は彼の有名作。文展審査員・帝国技芸員・第2代帝国美術院長・子爵・貴族院議員。

〔参考文献〕隈元謙次郎『黒田清輝』日本経済新聞社,1966

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