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●黒田清隆 くろだきよたか

アジア 日本 AD1840 江戸時代

 1840〜1900(天保11〜明治33)明治の政治家。通称を了介。鹿児島城下新屋敷町の薩摩藩士の家に生まれ,薩英戦争で実戦にはじめて参加。その後西郷隆盛らのもとで薩長連合実現のために長州藩との連絡役をつとめるなどの討幕運動を行った。戊辰戦争では,参謀として東北戦争五稜郭の戦いに参加。戦後永世禄700石を賜る。1869年(明治2)から官界入り。1875年長官となって北海道開拓に尽力した。その間,屯田兵の創設,開拓顧問としてケプロン,札幌農学校教頭としてクラークを招く。江華島事件後,全権大使として朝鮮に渡り,翌1876年日朝修好条規を締結。1881年には開拓使官有物払下げ事件で世論の批判を浴び,同年の政変の原因をつくった。1888年内閣を組織。在任中に憲法発布が行われ,藩閥政治を宣言する「超然主義」を表明。しかし外相大隈重信の条約改正案が批判を浴びて,1889年辞任。その後,枢密顧問官・逓相などをへて,1895年枢密院議長となった。

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