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●クレタ文明 クレタぶんめい

BC3000 

 前3000〜前1400年ごろ地中海東部のクレタ島に栄えた古代エーゲ文明。ギリシア本土のヘラス文明に対してミノア文明とも呼ばれる。クレタ島はペロポンネソス半島の沖合約100kmにあり,面積はほぼ8,620平方km。エーゲ海の南側をふさぐように細長く横たわる。クレタ文明の担い手は小アジア系人種,あるいはそれと地中海人との混血と考えられている。大別して3期に分け,前期は新石器時代から前2200年ごろまでの初期青銅器時代。石製容器や貴金属装身具にみるべきものがある。中期は前2200年ごろから前1600年ごろまでの盛期青銅器時代。東部地中海の海上交易権を独占し,クノッソス・ファイストス・マリアなど中部地方の都市に初期宮殿が建設された。壁画や多彩なカマレス式陶器が出現する。またこの時期従来の絵文字(象形文字)とは別に,線文字Aが使われた。後期は前1600年ごろから前1400年ごろまでの文明爛熟期。クノッソスは地中海第一の都市となり,その宮殿は壮麗さを増した。前1500年ごろギリシア系のミュケナイ人が侵入して王宮に入ったが文明は継承し,線文字Bを残した。前1400年ごろ再度ギリシア人の侵攻を受けてクノッソス宮は破壊され,クレタ文明も滅亡した。しかしクレタ文明滅亡の時期を前1200年ごろのドリス人の侵入まで下げる説もある。以上のクレタ文明を特徴的に語るものは,宮殿建築・絵画・陶器・彫刻・工芸である。

【宮殿建築】クノッソス宮・ファイストス宮・マリア宮・ザクロ宮・ハギア=トリアダ宮などその造営方法はいずれも同様の形式を踏襲している。まず方形の大きな広場が中央にあり,それを囲むようにしてさまざまの建物(政治など公的な執務室・祭祀室・私的居住区・饗宴室・倉庫・楼門など)が雑多にひしめき,数階建ての複雑な建築構造を示していた。柱廊や階段が多く,先太りの柱や採光のための小空間の多用を特徴とする。建材は木・日乾レンガ・石灰岩やせっこう石の切石のほか,セメントの使用も認められる。また水道・下水道・汚水処理の設備を備えるのもあった。

【絵画】絵画は宮殿や邸宅の装飾のために描かれた壁画がすべてであり,壁画はクレタ文明を最も鮮やかに印象づけるものである。顔料・技法ともエジプトから伝来したもののようであるが,明るい色彩,のびのびとした自由な筆致,生き生きと表現された動植物など,その芸術的卓抜さは古代エジプトにまさるとも劣らない。モティーフは現世的でナイーヴで親しみやすいものに限られ,政治臭・宗教臭はない。分類すると,[1]幾何学文,[2]小動物または海洋生物,[3]草花,[4]宮廷生活または人物,に大別できる。[1]は連渦文や波状文,[2]はウサギ・シカ・ネコ・小鳥・イルカ・タコ,さらに聖なる雄牛など,[3]はアネモネ・クロッカス・ユリ・葦・パピルスなど,[4]は『パリジェンヌ』『牛とび』『死者への献酒と供物』などが知られる。いずれも海洋民族特有のおおらかさと躍動感にみちている。

【陶器】陶器における流線的で優美な形態,装飾文の多様さ,器形の豊富さはすでに初期のモクロス出土の石製容器にもみられる。角レキ岩・縞大理石・めのう石などの石材を自在に使った広口の壺・高杯・水さしなど優品が多い。初期の陶器は器種・形態は石製容器とほぼ同じで,幾何学文・草花文・海洋生物文・双斧文などが全面をおおうものが多い。中期のカマレス式陶器はクノッソス中心に出土するクレタ陶器の代表例である。ロクロの技術も厚さ1mmを可能とするほど高い。暗色地に黄・白・赤などを用いて図案化した草花を配し,器形・文様・色調のバランスのとれた作品である。後期にはタコやイルカなどの大胆な意匠が目立ち,地肌も明るく,壁画との関連をうかがわせる。

【彫刻・工芸】彫刻・工芸の分野は小品が主流である。青銅・象牙・石・陶土などを素材に『蛇をもつ女神』『牛とびの少年』などの彫刻作品,マリア出土の『巣をもつ蜜蜂』のような貴金属に浮き彫りをほどこしたペンダントのような工芸品にみるべきものがある。