●グレゴリウス改革 グレゴリウスかいかく
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クリュニー派修道院出身のローマ教皇グレゴリウス7世(在位1073〜85)を中心に行われた一連の教皇庁改革運動。おもなものとして1059年に教皇ニコラウス2世に出させた教皇令や,1075年自らが教皇として発布した教皇令27条がある。前者は教皇選出を枢機卿団の相互選挙によるものとして,教皇選出の際の外部干渉をしりぞけたものであり,後者は教皇の統治的全権を主張するとともに,聖職売買・聖職者私婚・世俗君主による聖職叙任を厳禁したもの。改革の背景には,世俗君主の権力の増大・教会の腐敗などがあったと考えられる。しかし,これらの改革のうち聖職叙任権問題は,封建国家の基礎をゆるがすことなので,各君主は反対した。とくに,教会支配を帝国統治の支柱とする神聖ローマ皇帝ハインリヒ4世は,教皇と衝突したため,1076年教皇は皇帝を破門し,翌1077年いわゆる“カノッサの屈辱”がおこった。